すいゆう山歩会(さんぽかい)(とよなか粋遊会 ハイキンググループ)

すいゆう山歩会(さんぽかい)(とよなか粋遊会 ハイキンググループ)

すいゆう山歩会は、団塊世代の地域グループモデルとして2007年7月に発足したとよなか粋遊会の自主グループとして、同会メンバーの金澤さんの呼びかけによって、2008年7月に「山歩会」の名で誕生しました。例会は、原則として毎月第4火曜日に行っています。(2月と8月はお休み。2023年から1月と8月とに変更)
第1回から第38回(2015年10月)までは会長の金澤さんに毎回のコース設定や案内・連絡をお任せしてきましたが、金澤さんからの提案で、翌・第39回からは、メンバー全員で順番に計画・実施する「幹事当番制(月幹事輪番制)」で行っています。

                     すいゆう山歩会 これまでの活動履歴一覧(2008年〜2024年)

                     すいゆう山歩会 活動履歴(2008年〜2023年)(金澤さん作成)
                     すいゆう山歩会 開催履歴一覧表(第1回〜100回)(吉田作成)

すいゆう山歩会(さんぽかい) (とよなか粋遊会 ハイキンググループ)の記録N(2025年〜)

〔2026(令和8)年〕
(2026年度の月幹事 : 2月 大西、3月 吉田、4月 杉本、5月 香川、6月 日野、9月 福嶋、10月 杉本、11月 大西、12月 金澤、2027年 2月 吉田、3月 伊藤、4月 稲葉)

第124回 大阪谷町周辺ぶらり(大阪市)(幹事:福山)
[集合時間/場所] 午前10時 大阪メトロ谷町線 東梅田駅 中央改札前
[行程] 東梅田駅 →(地下鉄15分)→ 谷町六丁目駅 →(10分)→ 空堀エリア(榎木大明神・松屋町・空堀商店街)散策 60分 →(20分)→ 玉造稲荷神社 →(20分)→ 難波宮跡公園(昼食)30 分 → 大阪歴史博物館 → 大阪城公園 40分→(30分)→ JR大阪天満宮駅(解散)

大阪東梅田の地下鉄谷町線東梅田駅改札口前に9時50分に行くと、福山、金澤、日野、大西、香川、稲葉、遠藤、福嶋、杉本の9人が待っていて、そのあと伊藤さんがやってきて、今日の参加者11人が全員集合となり、出発しました。
地下鉄に乗り、谷町六丁目駅で下車。当初の予定では5番出口から出て、長堀通を西に向かい、榎木大明神に向かうことになっていましたが、2番出口に出たため、予定を変更して、谷町筋を南に向かい、少し行ったところで右手の路地に入って西に向かうと、桃園公園があり、そこでラジオ体操をしました。
谷町周辺・ラジオ体操

体操のあと、出発する前に記念写真を撮りました。
谷町周辺・ラジオ体操
                                                  (写真:福山さん)
公園西側を通る善安筋を北に向かうと、右手に「直木三十五記念館」の看板がかかった建物がありました。
※ 大阪市内の道路は、東西方向に走る道は「通」、南北方向に走る道は「筋」の名がついています。googleマップには小さな通りまでその名が記載されていますので、今回は、それを見ながら、通・筋の名をできるだけ表記していきます。
谷町周辺・直木三十五記念館
1階のテントには「複合文化施設」の文字があり、建物の正式な名称は複合文化施設「萌(ほう)」。その2階に直木三十五記念館が入っていましたが、開館は11時でまだ開いておらず、残念ながら中に入ることはできませんでした。
直木賞にその名を冠する作家の直木三十五は、明治24年(1891年)に大阪市内安堂寺町で生まれ、桃園小学校(現在の桃園公園)に通っています。その縁で、難波利三、藤本義一、眉村卓、団鬼六、河内厚郎など地元有志の呼びかけで、2004年、この地に記念館がつくられることになった、とのことです。

関連記事:直木三十五記念館
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直木三十五記念館をあとにして、北に向かい、長堀通を渡ったあと西に少し歩くと、右側に、北に向かう石段の細い坂道がありました。御払筋です。谷町界隈は空襲の被害をあまり受けてないので、昔からの路地がそのまま残っているとのことです。
谷町周辺・榎木大明神
石段の脇に樹が高くそびえていて、その根元に祠があり、そこが榎木大明神でした。
谷町周辺・榎木大明神
関連記事:中川木材産業>木の情報発信基地>8.樹木>巨樹名木探訪>榎木大明神(エンジュ)

榎木大明神をバックに記念の写真を撮りました。
谷町周辺・榎木大明神

谷町周辺・榎木大明神
                                                  (写真:福山さん)
榎木大明神の北側の内安堂寺町通を左に折れて、西に向かい、松屋町筋まで出ました。
松屋町(まっちゃまち)筋は大阪市中央区の南北約1kmにわたって延びる商店街で、ひな人形、おもちゃ、花火、駄菓子などさまざまな種類の問屋や専門店が建ち並んでいます。今日の幹事の福山さんはこの街に生まれて、小学校から高校まで過ごし、小学校の友だちにはおもちゃ屋の子どもが多く、よく遊んだということです。

商店街を南に歩いて、松屋町交差点を左に曲がると、目の前に2階建ての古い建物があり、その隣に「れん」と書かれた門がありました。古民家を利用した複合商業施設で、2012年には母屋、蔵、表門が「小森家住宅」として国の登録有形文化財に登録されています。
10時にならないと中に入れないというので、「れん」の前の骨董町筋を南にくだって空堀商店街まで行って、時間をつぶしました。
谷町周辺・空堀商店街

そのあと、「れん」まで戻って中に入りました。
谷町周辺・れん・母屋
母屋の2階の畳敷き座敷を囲む周り廊下の一部と母屋奥の中庭が開放されていて、自由に見ることができました。

中庭は、小さいながらも趣があり、建物の谷間に風が吹き渡っていて、涼しく、据えられた椅子に腰かけて、しばらくの間、ゆったりとした時間を過ごしました。
谷町周辺・れん・中庭

「れん」を辞す前に、母屋入口の階段に座って、記念の写真を撮りました。
谷町周辺・れん・母屋中庭
                                                  (写真:福山さん)
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そのあと、商店街に戻り、東に向かいましたが、途中、通りの南側に延びる細く入り組んだ路地に入って昔ながらの「長屋」の風景を楽しみました。

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空堀通をどんどん東に進み、谷町筋を渡り、さらに東に向かって歩き、上松筋も渡り、さらに東に進んでいきました。谷町筋から10分ほど歩いたところにある清水谷公園の南側で一休みしました。
そのあと、さらに東に進み、宰相山公園の北側を通り抜けたところで右に曲がり、南に下って三光神社に行きました。
谷町周辺・三光神社

谷町周辺・三光神社
この神社は、一昨年、2024年2月に金澤さんの幹事で「大阪七福神ウォーク」の最初の訪問地として訪れたことがあるので、さっと見ただけで切り上げ、次の予定地・玉造稲荷神社を目指して北に向かって進むことになりました。
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地下鉄玉造駅の2番出口の前を通り、東西に延びる長堀通を渡って、禰宜町筋を北に向かい、玉造公園の東側を歩いているところで、「12時を過ぎているので、この公園でお昼にしよう」という声が上がり、公園に入り、ベンチに座って、弁当を食べました。
谷町周辺・玉造公園・弁当

谷町周辺・玉造公園・弁当

谷町周辺・玉造公園・マンホール

昼食のあと、しばらく休憩をし、12時40分に公園を出て、公園の東側の喫茶店の前を通りました。その喫茶店脇の道路に大阪市のカラーマンホールがありましたが、なぜか「港区」の文字が。ここは中央区のはずなのに、不思議でした。
谷町周辺・玉造公園・マンホール
(マンホール左下を拡大)

喫茶店の前で右に曲がり、東に向かうと、左手に道のまん中に樹が立っていて、そこにも小さな祠がありました。
谷町周辺・玉造稲荷神社
大阪市内には、このように道の真ん中に樹が立っていて、道路整備や区画整理の際にも伐採されずに、そのまま残っているところがかなりあります。

関連記事:日本経済新聞>街のなぞ>車道の真ん中になぜ巨木? 大阪中心部のミステリー

その祠のある樹から玉造町筋を北に少し歩くと前方に玉造稲荷神社の玉垣が見えていました。
谷町周辺・玉造稲荷神社

谷町周辺・玉造稲荷神社

玉造稲荷神社は垂仁天皇18年(紀元前12年)の創祀とされ、物部氏と仏教受容問題で争った聖徳太子が当神社で戦勝祈願し、戦乱後に自ら観音堂を建立したと言われています。近世では、大坂城の鎮守神として、豊臣秀頼や淀君から厚く崇敬され、境内には秀頼寄進の石鳥居が残されています。また、神社南西の玉造禰宜町に千利休の屋敷があったことから、境内には、千利休居士顕彰碑や「利休井」などもあります。(以上「ぐるりん関西・玉造稲荷神社」より)
また、江戸時代、玉造稲荷神社は伊勢参りの玄関口になっていたので、「伊勢迄歩行起点」の石碑も立っていました。
谷町周辺・玉造稲荷神社・錦絵にみる伊勢参り
その石碑脇の「錦絵にみる伊勢参り 伊勢参宮本街道」の看板に書かれた宿場名の中の「櫟本」の読み方を誰も思い出せずに、スマホでいろいろ検索した結果、やっと「いちのもと」と読むことがわかりました。

関連記事:玉造稲荷神社
関連記事:ぐるりん関西>玉造稲荷神社」

玉造稲荷神社を出たあと、東西に延びる岡山町通を西に向かい、10分ほど歩いたところで右手に難波宮跡公園の広大な芝生広場が広がっていました。
谷町周辺・難波宮跡公園
日本初の首都である難波宮の発掘は1954年に始められ、58年に飛鳥時代の回廊跡が検出され、61年には聖武天皇時代の大極殿跡が発見されるなど、様々な遺構の発見が相次いでいます。64年に国の史跡公園に指定され、公園として整備が進められています。ちなみに、難波宮跡公園の広さは9万平方メートル(甲子園球場2.3個分)です。

大極殿基壇の石段に腰かけて、オカリナの演奏会を行いました。
谷町周辺・難波宮跡公園・オカリナ演奏
福山さんの指揮でオカリナ会メンバー5人が「ふるさと」の合奏を行ったあと、福山さんの独奏「アメージング・グレース」も披露されました。
郷愁をさそう美しい音色が難波宮跡の天空はるかに広がっていきました。

関連記事:ウィキペディア>難波宮
関連記事:日本1000公園>歴史公園>162/1000 難波宮跡公園(大阪市中央区)

オカリナの演奏会のあと、難波宮跡公園をあとにし、中央大通をまたいで、左手に大阪歴史博物館やNHK大阪放送会館を見ながら、上町筋を北に向かい、馬場町の交差点を渡ると、左手に大阪府警察本部本庁舎、右手に大阪城公園が広がっていました。
本町通を渡ったところで、公園内に足を踏み入れ、濠端の小さなスペースに上がって、大坂城をバックに記念の写真を撮りました。
谷町周辺・大阪城
                                                  (写真:福山さん)
そのあと、大阪城の中には入らず、外濠越しに大阪城を右手に眺めながら北に向かい、大手前交差点で外濠の北西角を東に曲がって、東に向かいました。 京橋口で北に向かい、歩道橋(大坂橋)を渡って大川端まで出ました。
谷町周辺・大坂橋

関連記事:ウィキペディア>大坂橋

谷町周辺・大川端
福山さんの予定では、大川端を、左手に造幣局を見ながら、さらに北に歩いて桜宮橋を渡り、JR大阪天満宮駅まで30分ほど歩くというものでしたが、今日はすでに6.5km、2時間以上歩いていて、時間も2時半近くになっていたので、衆議一決、今回の「ぶらり旅」はここまでとすることになりました。
元来た道を少し引き返して、寝屋川橋を渡り、地下鉄天満橋駅まで歩いて地下鉄に乗り、東梅田駅に戻りました。

東梅田駅で大西、伊藤、稲葉、遠藤の4人は帰路につき、残りの金澤、日野、香川、福嶋、杉本、福山、吉田の7人は梅田駅前第3ビルの地階まで行き、反省会を行う居酒屋を捜しました。

谷町周辺・反省会・マキシ亭













結局、店先に通常291円のビール(中)などが夕方6時までは199円になる「ハッピーアワー」の看板がある「マキシ亭」という居酒屋に入り、5時前まで飲み食いして、1人1,900円。楽しい時間を過ごしました。
谷町周辺・反省会・マキシ亭
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谷町周辺・福山

(幹事の感想) 梅雨の季節、山歩きは天候に左右されるので、小雨でも歩けそうな街歩きにしようと思い、小学生から高校まで住んでいた大阪市内の谷町・松屋町(まっちゃまち)・空堀商店街周辺を中心に大阪空襲に合わず昔の長屋が今も残っいる路地裏を体験するコースにしました。
昔住んでいた公団住宅はもう無く、タワマンに変わっていましたが、空堀商店街と路地裏はあまり変わりがなく、昔遊んだころを懐かしく思い出しました。
難波宮跡では、一つの目的であったオカリナ会の皆さんに演奏の場を作ることができて、ほっとしました。これからもオカリナ会の皆さんは、オカリナ持参でお願いします。
街歩きとはいえ上町台地を昇り降りするので、ある程度の運動になったのでないかと思います。
一日中曇りでしたが、雨にも降られず強い日光にも当たらず暑くもならず、いい街歩きになったのではと思っています。
初めての幹事でしたが、無事回ることができました。
これも皆さんのお陰です。ありがとうございました。
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参考記事:大阪谷町周辺ぶらり 主な見どころ(福山さん作成)
関連記事:空堀のお店めぐりマップ『からほりらへん』VOL.8

第123回 箕面山麓周遊散策・勝尾寺古参道(大阪府箕面市)(幹事:香川)
2026年5月26日(火)
[集合時間/場所] 午前10時 北大阪急行箕面萱野駅バス停 B間谷住宅1方面
[行程] 阪急バス【36】系統 箕面山麓線・間谷住宅1方面 箕面萱野発 10:16 → 外院着 10:27
[前半] 勝尾寺古参道をたどって、しらみ地蔵を目指す (箕面の森ハイキングマップ C12→C13→C14→C15→C16→C2→C17→C19 しらみ地蔵(昼食))
[後半] 5年前(令和3年10月)コースの前半を逆行し、ウツギ谷を通って箕面萱野を目指す (箕面の森ハイキングマップ C19→G21→G4→(ウツギ谷)→C22→C23→青松園前バス停)

9時40分に北大阪急行箕面萱野駅に着き、階段を下りてバス乗り場Bに行くと、まだ香川さんしか来ていませんでしたが、ほどなく福嶋さん、伊藤さん、杉本さん、金澤さん、稲葉さんが来られ、最後に今回初参加の石岡さんも来られました。大西さんは阪急箕面駅前から直接、間谷住宅1行のバスに乗ってくるということで、今日の参加者は総計9人です。

北大阪急行箕面萱野駅は2024年3月に開業しましたが、それに合わせて、駅東側に広々としたバスロータリーが整備されていて、阪急バスの各路線の乗り場が並んでいましたが、勝尾寺行きの乗り場には外国人客が長蛇の列をなしていました。
関連記事:travel.jp>国内>近畿地方>大阪>箕面>箕面 旅行記>勝ちだるまで有名な箕面市の勝尾寺は外国人観光客でいっぱいだった

10時16分にやってきた間谷住宅1行のバスに乗り、シートに座っている大西さんと合流しました。

10分ほどバスに乗って、外院バス停で下り、フォトスタジオ横の駐車場でラジオ体操をしました。
箕面山麓・外院・ラジオ体操

出発して、粟生外院の住宅街の中を北に向かって歩くと、しばらくして畑中道になり、10分ほどたったところに金網扉がありました。猪や鹿などの害獣が里に下りてきて、農作物を荒らすのを防ぐために設置されたものです。鍵を開けて入り、全員通ったあと、最後の人が必ず鍵を閉めます。
箕面山麓・金網柵

金網扉を超え、右手に「C-12」の道標を見ながら、さらに10分ほど歩いたところで最初の休憩をとりました。最近は町歩きばかりなので、久しぶりの山歩きに皆さん最初からお疲れ気味です。
周りは鬱蒼とした杉の木が立ち並ぶ林道になっていました。
箕面山麓・休憩

関連記事:みのお 山なみ通信>豊かな自然の恵みと自然災害の脅威、災害に強い森づくり

箕面山麓・C-22

休憩のあと、歩行を再開してしばらく歩いたところに立っていた道標の番号が「C-22」となっていて、ビックリ! 知らぬ間に、「古参道」ルートではなく、下りルートに予定していた「ウツギ谷」ルートを足を踏み入れてしまっていました。5分ほど前に通り過ぎた「C-12」の道標のところで、右側に延びる道があって、そこに向かわないといけなかったのに、気が付かずに、まっすぐに進んでしまったみたいです。
「引き返そうか」という声もありましたが、「行きと帰りが逆になっただけ。せっかくここまで上ってきたのだから、引き返さずにこのまま、このルートを行こう」ということで、そのまま上っていくことにしました。
ちなみに、令和3年(2021年)10月は上りは「古参道」ルートを、下りは「ウツギ谷」ルートをたどりましたが、同年3月には「旧参道」ルートを上って勝尾寺・勝尾寺園地まで行き、下りは「ウツギ谷」ルートを下っているので、この道を歩くのは今回で3度目になります。

箕面山麓・G-4

30分ほど歩いたところで、「G-4」の看板が。
ここは分岐点になっていて、右に行けば古参道方面に行けますが、それは帰りのルートに残しておいて、左手の「しらみ地蔵」に続くウツギ谷ルートを進んでいきました。




箕面山麓・ウツギ谷ルート

「G-4」地点を過ぎると、道は少しずつ傾斜がきつくなっていきました。
思ったより急な上り道が延々と続くので。途中で何度か休憩しました。
箕面山麓・ウツギ谷ルート

休憩のあと、再びきつい坂道を上っていきます。なかなかしらみ地蔵に着きません。
あとまだ30分ほどかかりそうです。
箕面山麓・ウツギ谷ルート

箕面山麓・G-21





「G-4」地点から25分たったところで谷山尾根に下る道との分岐点「G-21」に着きました。
ここから「しらみ地蔵」まではあともう少し。「G-21」地点から先は、しばらく平坦な道が続きました。

箕面山麓・しらみ地蔵手前

箕面山麓・しらみ地蔵

「G-21」から5分もいかないうちに「C-19」の「しらみ地蔵」に着きました。
しらみ地蔵が立っている場所は、ハイキングコースから少し高いところにあり、一帯は広場になっていて、腰かけがわりの木の切り株が10数個置かれていて、休憩できるようになっています。
ちょうど12時近くになっていたので、めいめい木の株に腰かけて、弁当を食べることにしました。
箕面山麓・しらみ地蔵

弁当を食べたあと、ゆっくり休憩し、そのあと、しらみ地蔵を囲んで記念写真を撮りました。
箕面山麓・しらみ地蔵・記念写真
しらみ地蔵とは変わった名前ですが、その名の由来は、“白巳(しらみ)”(白蛇)=水の神という説、“夜が白む”から名付けられたという説、そして虱に由来するという説のほか、地蔵ではなく観音像、さらにはキリスト教のマリア像だとする説もあるそうですが、真偽のほどは定かでありません。

標高400mほどとされる「しらみ地蔵」ですが、今日のコースはここが到達点。ここから先は「下り」で、もう上りはありません。しばらく平地を歩いたあと、道は下り坂になってきました。

箕面山麓・C-2

しらみ地蔵が立つ「C-19」から15分歩いたところで、「C-2」地点にさしかかり、先が3方に分かれていて、一番右端のウツギ谷方面に行く道はともかく、一番左側のまっすぐ先に進む道か、それとも直角に曲がって真ん中の道を行くべきか迷っていると、真ん中の道の100mほど先の木の間隠れに標識が立っているを見つけた人がいて、「だれか斥候に」というので、一番元気な吉田が見にいくと「C-16」の看板だったので、この道が古参道です。

箕面山麓・C-16 みんなを呼びに戻り、その古参道を下っていきました。「C-2」地点でこの道に入らずに、左側の道をまっすぐに進めば、古参道ではなく旧参道だったわけで、道を間違えずにすみました。





箕面山麓・C-2

そこから、馬の背の尾根道のような平坦な道ががしばらく続きました。そのあと、道は少しずつ下っていくようになっていて、「C-16」から10分ほど下ったところに「C-15」の看板が立っていて、順調に道を下っているように思えました。




箕面山麓・古参道
「C-15」地点の先で、しばらく休憩。植生はいつのまにか杉林から落葉樹林に変わっていました。

箕面山麓・ネジキの花

ツツジの花は咲き終わり、それに代わって、アセビの花に似た白い壺型の花をびっしりとつけた喬木がそこかしこにあり、なんの花だろうと数名が花を写真に撮ると即座にその花の名前を教えてくれるスマホのアプリで撮ってみましたが、花が小さすぎるのか、それとも光の差し込み具合かなにかでなかかな認識できず、悪戦苦闘の末、ウツギ(ウノハナ)の仲間のなんとかという名前の花の名を教えられたみたいです。
でも、少し違うような気がして、家に帰って、いろいろ調べてみると、ウツギの仲間ではなく、アセビやアジサイの仲間の「ネジキ」という花であることがわかりました。花の下方がウツギの仲間は開いて「釣鐘形」ですが、ネジキやアセビはすぼんで「壺形」になっていて、そこが大きな違いです。
参考記事:山野草、植物めぐり>ウツギ、ネジキの花
関連記事:植物の用語>花の形:花冠の形

そのあと、道は急な下り坂になっていて、今日、この道を「上り」ルートに選んでいたとしても、こちらもけっこうきつかったことと思われました。
箕面山麓・古参道

そのあと、今度は谷筋を下っていくことになりました。落ち葉が深々と散り敷いていて、足を滑らさないように気をつけながら下りていきました。
箕面山麓・古参道

下りの道でも、途中、何度も何度も休憩をしました。
箕面山麓・古参道

「C-15」地点のあと、次の「C-14」や「C-13」の看板がなかなか現れないなぁと思いながら先に進んでいたのですが、「C-15」地点から30分近くたったところに立っていた看板には、「C-1」の文字が。古参道を歩いていたつもりが、どこで道を間違えたのか、なんと旧参道に出てしまいました。

箕面山麓・C-1

古参道と、旧参道へ向かう道との分岐点になっている「C-14」の看板を見落として、古参道である右に曲がる道に行かずに、そのまままっすぐ続く道をたどってしまったようです。



仕方なく、その道を下っていくと、今日初めての見晴らしの開けたところに出ました。
眼下に箕面粟生第2住宅の立ち並ぶ団地群が広がり、その奥にはモノレールの線路が。
左手方向は彩都です。下界はもうすぐです。
箕面山麓・古参道

15分ほど歩くと、金網柵があり、やっと里山に帰り着きました。
金網には、「クマに注意」の張り紙が。令和5年(2023年)7月にウツギ谷上池付近で熊が目撃された、とのことです。
箕面山麓・古参道

関連記事:箕面市>くらし・環境>ペット・動物>クマの目撃情報〜ご注意ください〜

田には水がはられ、田植えの準備が進んでいました。そろそろ梅雨入りです。
箕面山麓・古参道

箕面山麓・古参道

柵を超え畑中道を20分ほど歩くと「C-11」の看板が。時刻は2時過ぎ。やっと住宅地に戻ってきました。
10時半にスタートしてから、3時間半。結局、今日は、行きも帰りもコースを間違えてしまいましたが、久しぶりの山歩き。気温は高く、上りでは汗もかきましたが、稜線では涼やかな風も吹いていて、快適な1日となりました。


皿池公園北側の帝釈寺北信号のところでバス道に出たので、バス停を求めて西に5分ほど歩き、まもなくやってきた阪急箕面駅行のバスに乗って、箕面萱野駅で降り、そこで解散。近場で反省会をと、キューズモール2階のフードコートに行って、反省会を行いました。
吉田は北大阪急行線で江坂駅まで行き、マンホールの写真を撮って帰りました。
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箕面山麓散策・勝尾寺古参道・香川

(幹事の感想) 最近の山歩会はすっかり街歩きの会になっていますが、今回私は「箕面山麓の散策」をと、当初は勝尾寺までバスで登り、参道を下る案を考えたものの、そのバスが最近外国人観光客で大混雑といううわさを聞き、諦めました。(実際に当日も大混雑でした!)
今回のコースは、ちょっと道を間違えたこともあり、以前の同じようなコースよりも、ちょっと厳しいものになってしまいました。
また暑い中ではありましたが、山の中は涼風があり、森林浴でちょっとしたフィトンチッドの吸収ができたかと思います。
箕面の山麓にはまだいくつかのルートがあり、場合によっては繰り返しになってしまうかもしれませんが、また次回以降もチャレンジしたいと思っています。
なお、今回の反省会は、箕面萱野駅のフードコートで、8人の参加で、コーヒーやビールを楽しみました。ただ、フードコートということで、アルコールが少なかったのが、ちょっと残念でした・・・
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関連記事:みのお山なみネット>箕面の森ハイキングマップ(2026年4月改訂版)

第122回 蛍池から豊中丘陵をめぐる(大阪府豊中市)(幹事:杉本)
2026年4月28日(火)
[集合時間/場所] 午前10時 阪急螢池駅 東出口
[行程] 阪急螢池駅 −(5分)→ 圓満寺 −(20分)→ 一軸稲荷神社 −(5分)→ 旧能勢街道の道標 −(10分)→ モノレール柴原阪大前駅 −(35分)→ 不動寺 −(15分)→ 報恩寺 −(10分)→ 野畑南公園(昼食予定) −(30分)→ 豊中稲荷神社 −(5分)→ 阪急豊中駅 (約7km、約4時間)

9時50分に螢池駅に着くと、改札口を出たところに香川さんが立っていて、階段を下りて下に行くと、杉本、金澤、日野、大西、伊藤、稲葉、遠藤、福嶋の各氏が揃っていました。そのあと、3月の料理教室から粋遊会メンバーとなった八木さんが来られ、最後に集合時間ギリギリの10時前に福山さんが姿を見せて、全員集合。今日の総勢は12人です。

螢池駅階段下の空きスペースでラジオ体操をしました。まわりの騒音でラジオの音が聞き取りにくかったせいで、みんなの動きがバラバラになっています。
蛍池・ラジオ体操

ラジオ体操のあと、出発。南東方向に5分ほど歩いて、東に向かう脇道に入るとすぐ左手に圓満寺の山門がありました。螢池は、大西さんの地元なので、前半は大西さんの先導で進んでいきました。訪れた先々では大西さんの地元ならではの詳しい解説に耳を傾けました。
蛍池・圓満寺・山門

山門をくぐり、階段をのぼると正面に本堂がありました。
蛍池・圓満寺・本堂

阪急沿線には「西国七福神巡り」ができる寺社があり、圓満寺には福禄寿がまつられていました。
ちなみに、その七福神と寺社は、福禄寿の圓満寺のほかは、恵美寿神(池田・呉服神社)、大黒天(箕面・西江寺)、毘沙門天(曽根・萩の寺 東光院)、弁財天(箕面・瀧安寺)、寿老神(中山観音・中山寺)、布袋尊(清荒神・清澄寺)です。
関連記事:いけだより♪>圓満寺は「七福神めぐり福禄寿」長寿の寺/豊中市

境内の鐘楼の基壇脇にアヤメが群生していて、ちょうど見頃を迎えていました。
蛍池・圓満寺・アヤメ

圓満寺の山門に戻り、左手に大阪刀根山医療センター、右に箕輪池を見ながら東に進み、そこから右に左に折れながら8分ほど進むと、螢ヶ池の堤に出ました。
蛍池・螢ヶ池
螢ヶ池は、螢池駅から北東側に400mほど離れた場所にありますが、箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)の蛍ヶ池駅ができた1910年(明治43年)当時、文字通り蛍狩りの名勝地だったそうです。

螢ヶ池から少し東に向かったあと、北にほぼまっすぐに10分ほど歩けば一軸稲荷神社にたどりつけるのですが、蛍池が地元の大西さんが「それだと裏道なので、正面の参詣道から参らないと」ということで、池の東端を南に少し下り、そこから住宅地の中を東に8分ほど近く歩いて、南北に延びる大きな道に出て、その坂道を上って一軸稲荷神社に向かいました。

途中、左手に「衆楽園」という釣堀がありました。
蛍池・圓満寺・衆楽園
魚つり(1時間1,000円)のほか、金魚すくいやどじょうすくいもできるようです。
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衆楽園からさらに5分ほど坂道をのぼると、左手に一軸(いちじく)稲荷神社の朱塗りの鳥居が立っていました。
蛍池・一軸稲荷神社
鳥居をくぐり、階段をのぼった先に広い境内があり、その右手から奥に延びる石畳の先に石の鳥居が2基、並び立ち、その奥に本殿が建っていました。
蛍池・一軸稲荷神社

市軸稲荷神社のご利益は、病気平癒、商売繁盛、厄除け、車祓です。
市軸稲荷神社で行われる節分祭は有名で、毎年1月末から2月節分の間、ニノ鳥居前に大きなお多福の絵が描かれた「お多福くぐり門」が設置され、参拝者はこの門をくぐってお参りをします。

蛍池・一軸稲荷神社
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境内にさくらんぼの木が2本あり、赤く熟れた実をたくさんつけていました。

二ノ鳥居の前で記念の写真を撮りました。
蛍池・一軸稲荷神社・記念写真
                                                  (写真:福山さん)
蛍池・一軸稲荷神社・記念写真

そのあと、神社の裏側の西門を出て、北側に向かうと、刀根山公園の南側の石垣があり、そこに2本の石碑が立っていました。
蛍池・石碑
「旧能勢街道の道標」と「刀根山御坊への道標」で、「旧能勢街道の道標」には「左 妙見道 池田」、「刀根山御坊への道標」には「刀根山御坊 是ヨリ/壹丁」「存覺上人御舊蹟」と書かれていました。
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蛍池・麻田藩陣屋門

そこから東に向かって少し歩くと、南北に延びる道があり、右手に、江戸時代末期に建てられたとみられる「麻田藩陣屋門」が建っていました。

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そのあと、北に向かい、刀根山元町南信号のところで中国道を渡って大阪モノレール線の高架下をくぐり、柴原阪大前駅、さらには市立豊中病院を左手に見ながら、北に向かって延びる自動車道脇の歩道を上っていきました。
高架をくぐってから10数分歩いたところで、次の目的地の不動寺まではまだ15分以上あるということで、大阪大学のグラウンド脇の遊歩道に下りる石段に腰かけて休憩をとることにしました。
蛍池・阪大グラウンド横・休憩

当日は最高気温が25度近くまで上がるという初夏の陽気で、坂道を上ると暑く感じるほどでしたが、遊歩道には涼やかな風が吹き抜けて気持ちよく、しばらく時を過ごしました。

休憩のあと、再び、北に向かって坂道を上り、柴原配水場と柴原浄水場との間を通り、箕面市霊園の東側を通って、東に向かい、しばらく行ったところで南東に延びる坂道を下ると、左手に不動寺がありました。
不動寺は、平安時代に弘法大師によって開かれた真言宗醍醐寺派の寺ですが、近年は「永代供養さくら樹木葬」を行う墓地のある寺としても知られるようになっています。
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社務所前の休憩所でしばらく休憩したあと、記念の写真を撮りました。
蛍池・不動寺・記念写真
                                                  (写真:福山さん)
蛍池・不動寺・記念写真

蛍池・報恩寺

不動寺を出て、住宅地の間を南東方向に坂道を下り、15分ほどで次の目的地・報恩寺に着きましたが、すでに12時を回っていましたので、報恩寺には入らずに、昼食場所に予定している野畑南公園を目指して歩いていきました。ちなみに、報恩寺は浄土真宗本願寺派のお寺ですが、境内には江戸時代に摂津国麻田藩藩主だった青木家の屋敷が移築されています。

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報恩寺から野畑南公園までは直線距離で300mほどでしたが、まっすぐに行ける道はなく、家と家の間の細い路地を左に行ったり右に行ったりしながら、10分ほどかけ、やっと千里川にかかる神鞍橋の西詰にたどりつき、橋を渡って千里川左岸を北に歩いて野畑南公園の西側入口に着きました蛍池・野畑南公園

時間は12時半近くになっていて、公園の中の木陰に座って昼食をとりました。
蛍池・野畑南公園・昼食
新緑の緑に包まれて、のんびりとくつろぎながら、食後のひと時を過ごしたあと、記念の写真を撮りました。
蛍池・野畑南公園・記念写真
                                                  (写真:福山さん)

蛍池・野畑南公園・野畑さくら通り
公園を出たあと、千里川左岸の遊歩道を南に下っていきました。遊歩道は「野畑さくら通り」と名付けられていて、春には桜の名所として多くの市民が見物に訪れます。
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遊歩道を南に向かって20分ほど歩いたところで千里川に別れを告げて東に向かい、すぐに再び南に向かい、大阪モノレール線の高架下をくぐって、住宅地をどんどん南に下っていきました。20分ほど歩いたところで府道43号線に出て、そこから2、3分歩いて左手に曲がると、坂道の途中に大きな朱塗りの鳥居が立っていました。豊中稲荷神社の西側の鳥居です。
蛍池・豊中稲荷神社

鳥居をくぐって坂道を上ると広いスペースがあり、そこにも朱色の鳥居が立っていて、その奥に拝殿の姿が見えました。
蛍池・豊中稲荷神社
鳥居をくぐって境内に入り、拝殿にお参りしました。
蛍池・豊中稲荷神社
毎月第3日曜には豊中市小売商業団体連合会が主催する「おいなりさんの第三日曜朝市」が開かれて、たくさんのお店が並び、楽しみに訪れる市民で賑わいます。
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豊中稲荷神社の南側の松林は公園になっていて、その公園を通り抜けてバス道に出て、バス道沿いに南に7、8分歩くと阪急豊中駅に着き、そこで解散しました。

解散後の恒例の反省会ですが、これまで反省会を行ってきた「らっきー」が店主の高齢化で閉店となったため、その後釜に選んだのがエトレとよなか4階にある居酒屋「魚の巣 豊中エトレ店」。
昼間からやっていて、おすすめが「せんべろセット 税込み1000円」。ドリンク2杯におつまみとしてお刺身か揚げ物が選べます。
反省会には伊藤、金沢、杉本、福嶋、日野、香川の6人が参加。さすがにセットの2ドリンクだけでは足らず、ドリンク1杯300円を追加して、1時間あまり、今日の余韻を存分に楽しみました。
蛍池・反省会・魚の巣

蛍池・反省会・魚の巣
                                                  (写真:伊藤さん)
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蛍池から豊中丘陵・杉本

(幹事の追伸) 大阪府豊中市北部の蛍池から宮山町付近は、千里山丘陵の一部にあたり、標高50〜70mほどのなだらかな丘陵地である。
地質は主に大阪層群と呼ばれる古い洪積層で、海で堆積した砂礫や粘土が互層をなしている。
なお、大阪市の大半は、もっと新しい軟弱な沖積層である。
また、千里中央付近は、これより古く硬い神戸層群からなる。
歴史的には、もとは野畑・少路・柴原などの農村地帯で、戦後の都市拡大に伴い宅地化が進行し、1960年に宮山町として成立し、現在は住宅地として整備された。
そのため、道が昔の畦道の名残があるためかなかなか複雑で、ルート確保に苦労した。
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関連記事: 大阪モノレール>沿線 ウォーキングマップ>蛍池から豊中丘陵をめぐるコースbr>

第121回 古い町並みの歴史と文化に触れる 奈良県五條市・五條新町散策(幹事:吉田)
2026年3月24日(火)
[集合時間/場所] 午前9時30分 JR大阪駅
[行程] 9:42 大阪駅発 ―(JR大和路快速/200円)→ 9:56着 新今宮駅 10:04発―(南海高野線急行/740円)→ 10:53 橋本駅着 11:07発 ―(JR和歌山線/210円)→ 11:21 五条駅着
→ 11:22 散策開始 → 桜井寺 → 栗山家住宅 → 中家住宅 → まちや館 → まちなみ伝承館 → 鉄道ジオラマ → 柿本家住宅 → 12時半過ぎ 史跡公園(昼食)1時過ぎ 再出発 → 民俗資料館 → 五新鉄道跡探索(30分ほど)→ 2時過ぎ 金剛乃湯入浴(800円/40分)2時50分 再出発 → 西方寺 → 山田旅館 → 二見の大ムク → 3時半 JR大和二見駅(全行程約4km)
〔帰路〕 15:38 大和二見駅 ―(JR和歌山線/210円)→ 15:49 橋本駅着 16:07発 ―(南海高野線)→ 16:25 三日市町駅着 16:31発―(南海高野線急行/740円)→ 16:59 新今宮着 17:08発―(JR大阪環状線区間快速/200円)→ 17:25 大阪駅着

9時10分に大阪駅に着くと、すでに香川さんと福嶋さんが来ており、そのあと、金澤、大西、遠藤、伊藤、稲葉、杉本の各氏が現れ、最後に9時30分ギリギリに福山さんか姿を現わし、本日の参加者10人が全員集合。日野さんと塩崎さんは体調不良のため欠席です。
予定より1本早い紀州路快速に乗って新今宮駅に行き、南海高野線急行に乗り換えました。新今宮駅で高野山行きの特急列車が先発しましたが、乗客はほとんどが外国人で、世界遺産にも登録されている高野山は外国人観光客にとても人気のようです。

橋本駅でJR和歌山線に乗り換え、予定通り11時21分に五条駅に着きました。

駅を出て、南に向かい、5分ほど行ったところで右に折れて西に向かい、10分ほど歩くと右手に櫻井寺(さくらいじ)がありました。
五條新町散策・桜井寺

五條新町散策・桜井寺
櫻井寺は平安時代に創建された寺院ですが、1967年(昭和42年)に建てられた鉄筋コンクリート造りの本堂や山門、鐘楼などは、昭和を代表する建築家のひとり・村野藤吾氏によって設計されたものだそうです。

五條新町散策・桜井寺
金澤さんが持参した、20年前に発行された奈良のガイドブックに櫻井寺が載っていたので、さっそく解説していただきました。それによると、明治維新(1868年)の5年前、文久3年(1863年)8月、公卿の中山忠光を首領とする天誅組が五條代官所を襲撃したのち、櫻井寺を本陣として「五條御政府」を設置したとのことです。

五條新町散策・桜井寺・首洗いの石手水鉢

櫻井寺境内には、討ち取った代官鈴木源内ら5人の首を洗った石の手水鉢があるというので、探すと、築山の隅にありました。

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櫻井寺を出て、本陣交差点を渡って南に向かうと、右手に国の重要文化財に指定されている栗山家住宅がありました。現在も住居として使用されているため非公開となっているので、中を見ることはできませんが、棟札に慶長12年(1607年)の銘があり、日本最古の民家といわれています。

その先を右に曲がると、西に向かって長く伸びていて、ここが五條新町通りです。
すぐ左手にも栗山家住宅があり、こちらは元禄9年(1696年)に建てられたもので、五條市指定文化財となっています。
五條新町散策・栗山家住宅
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五條新町通りは、江戸時代初期に、松倉重政によって五條藩の城下町として開かれたのち、旧紀州街道(伊勢街道)沿いの宿場町として繁栄を続け、様々な年代に代表される建築様式の建物がたくさん残されていて、2010年(平成22年)に重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。奈良県で重要伝統的建造物群保存地区に指定されているところは、ここと橿原市今井町と宇陀市松山の三か所だけだそうです。

関連記事:なら旅ネット>観光>五條新町通り【重要伝統的建造物群保存地区】

新町通りを西に進むと、すぐ右手に2階の軒下に徳利形の木看板を吊り下げた土蔵造りの商店があり、店内をのぞくと、天井からたくさんの杉玉が吊り下げられていました。
五條新町散策・山本本家
清酒「松の友」や柿ワインで有名な、創業300年以上の老舗蔵元・山本本家で、金澤さんが持参したガイドブックにも載っていました。
柿ワインも試飲もできるというので、さっさく中に入り、試飲させていただきました。

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柿ワインの試飲を楽しみ、お土産を買ったあと、店の前で記念の写真を撮りました。
五條新町散策・山本本家
                                                  (写真:福山さん)

山本本家から少し西に行ったところで、二股に分かれている道の左手にも古い表構えの店があり、大きな看板には右から「餅商 一ツ橋」と書かれています。この店も金澤さんが持参したガイドブックに載っている大正時代創業の老舗餅店で、揚げまんじゅうなどで有名な店でしたが、2018年に閉店。その後、チョコレート専門店に衣替えしたあと、現在は「卵の無人カフェ」になっていて、店内の自動販売機ではプリンなども売られていました。
五條新町散策・餅商一ツ橋

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さらに西に進むと、右手に塗家造(ぬりやづくり)の白壁腰板貼りの外壁をもつ建物があり、「まちや館」の案内看板が置かれていました。
五條新町散策・まちや館
                                                  (写真:福山さん)
この建物は、かつては辻家住宅として使用されていたものを復元修理したもので、江戸時代の伝統的な町家建築の様式で建てられています。
中に入ると、右手に座敷があり、座敷には七段飾りのひな人形が飾られていました。
五條新町散策・まちや館・ひな人形
                                                  (写真:福山さん)
左手は土間で、土間の奥にかまどがありました。その奥に入ると、この家で育ち、のちに検事総長や第一次吉田内閣の司法大臣になった木村篤太郎氏が勉学に励んだ2畳の勉強部屋が公開されていました。
時間があれば、座敷に上がって、建物内部をゆっくり見学したかったのですが、すでに12時をまわっていたので、先を急ぎ、まちや館を辞しました。

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ところが、その先の左手に今度は「まちなみ伝承館」の看板がかかった建物があって、そこものぞいたところ、案内係の方がとても熱心で、引き止められ、新町通りの絵地図の前で五條市の歴史などを詳しく聞くことになりました。
五條新町散策・まちなみ伝承館
                                                  (写真:福山さん)
こちらの建物は明治時代から大正時代にかけて建築されたものでしたが、1959年(昭和34年)秋、伊勢湾台風で建物の南側を流れる吉野川(紀の川)が氾濫した折にこの家も浸水被害を受けていて、2mほどの高さにある梁の中ほどに「伊勢湾台風時の水位」と書かれていました。

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昼食は、まちなみ伝承館から北に5分ほど歩いたところにある史跡公園でとることにしていたのですが、まちなみ伝承館でその話をすると、案内係の女性が「あそこのベンチは汚いから、やめといたほうがいい」と言われました。時間も12時半を回っていたので、史跡公園まで行かずに、伝承館裏手の吉野川の土手で食事をとることにしました。
吉野川の土手に上がる手前に満開の桜が咲いていたので、それをバックに写真を撮りました。
五條新町散策・桜

五條散策・桜

土手に座り、吉野川(紀の川)を眺めながら食事しました。遠くに紀伊山地の山々を望むことができ、右手は高野山方向です。
五條新町散策・吉野川土手。昼食

五條新町散策・吉野川土手。昼食
                                                  (写真:福山さん)

天候に恵まれ、気温も18度近くまであがって暑いくらいの陽気。のんびりと食事を楽しんだあと、予定通り史跡公園を目指して北に向かって歩いていきました。

途中、何人かは、柿の葉寿司で有名な「たなか」の五條本店に立ち寄って、お土産を買いました。
「たなか」は吉野に本店を持つ「平宗(ひらそう)」と並ぶ柿の葉寿司の名店です。

史跡公園に着いて、公園内にある円形のベンチを見ると、長年手入れされていないようで、苔が生えていて、確かに汚なく、まちなみ伝承館の案内係の女性が言った通りでした。
史跡公園には、江戸末期に五條代官所の長屋門だった立派な建物の内部を改装して作った民俗資料館があったので、入りました。
館内の展示室には、天誅組隊士の肖像画や、足どりをたどった写真、年表などの資料が展示され、天誅組義挙について分かりやすく解説したビデオも放映されていました。食後だったせいもあり、館内に設けられた椅子に座って、くつろぎながら天誅組に思いを馳せました。
五條新町散策・吉野川土手。民俗資料館

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民俗資料館を出たところで、集合写真を撮りました。
五條新町散策・吉野川土手。民俗資料館
                                                  (写真:福山さん)

民俗資料館を出たあと、公園の東側まで戻り、そこから北に向かって5分ほど歩いて、五新線との共用区間だったJR和歌山線の東浄川橋梁を眺めました。そのあと南西方向に向かい、今は跡形もない五新線の廃線あとをたどると、竹藪があり、その先に、古めいたコンクリート橋梁の連なりが南に向かって伸びていました。
五條新町散策・五新鉄道コンクリート橋梁
                                                  (写真:福山さん)
その橋梁は国道24号線をまたいで、五條新町通りと交差する手前まで伸びていました。
五條新町散策・五新鉄道コンクリート橋梁
                                                  (写真:福山さん)
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五條新町通りに戻り、西に向かい、二見神社を右に見ながら2〜3分歩くと、北側に向かう細い路地があり、そこに入ってしばらく歩くと、目の前にリバーサイドホテルが建っていて、その手前右手の駐車場の奥に平屋の建物があり、そこが金剛乃湯でした。
五條新町散策・金剛乃湯
いろんな理由で温泉に入らないメンバーが多く、温泉に入ったのは吉田、金澤、伊藤、福山の4人だけでしたが、日帰り入浴の入浴料金800円を支払って中に入り、地下1300mから汲み上げた100%天然温泉の大浴場と露天風呂を楽しみながら、2時10分から50分までの40分間、たっぷりとぜいたくな時間を過ごしました。
その間、温泉に入らないメンバーはリバーサイドホテルの喫茶室でくつろいだそうです。

関連記事:リバーサイドHOTEL>温泉“金剛乃湯”

温泉を出たあと、新町通りに戻って、本日最後の探訪先である二見の大ムクを目指して、西に向かって歩を進めました。
途中、左手に、病封じの不動尊が祀られている西方寺や、江戸時代から続く筏宿「山田旅館」などがありましたが、帰りの列車の時間が気になって、寄らずに先を急ぎました。
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西方寺から西に少し行ったところで南に折れ、そのあと、さらに西に向かって歩いていくと、空に向かって枝を広げる大きな樹が見えてきました。二見の大ムクです。民家の土塀の内側に生えているので、根元に立ち寄ることができずに、塀越しに眺めることになりましたが、塀の前に建っている石碑によると、幹周り8. 5m、樹高30m、樹齢は約1000年。
太い幹は4〜5mの高さで切られて、そこから延びた幹も2mほどで切られていましたが、そこから四方八方に枝を伸ばしていました。この時期は葉を落として、寒々しい感じでしたが、枯れてはいず、夏になって葉が茂ると、さぞや見事な眺めだと思いを馳せました。
幹周り8. 5mの幹は中が空洞になっているようで、所々に空いた穴から向こう側が透けて見えましたが、それでも枯れずに立っている様はとても力強く、1000年の時を偲ばせるものがありました。
五條新町散策・二見の大ムク
                                                  (写真:福山さん)
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大ムクから強い生命力をもらったあと、北に向かって5分ほど歩き、国道24号線に出ました。そこから南西方向に向かい、二見駅前信号を右に曲がると、すぐ右手に大和二見駅がありました。時刻は3時15分。8分発の列車が出たところでしたが、予定の列車の発車時間は3時38分。駅舎内のベンチに座って、列車が来るの待ちました。やってきた列車で橋本駅まで行き、南海列車高野線に乗り変え、途中河内長野駅で急行に乗り換えて新今宮まで行き、JR環状線に乗って、予定通り5時25分に大阪駅に戻り着くことができました。
帰りを急ぐ伊藤さん、稲葉さん、大西さんと大阪駅で別れ、残りの7人はJR高架下・新梅田食道街の「居酒屋 しおや」に立ち寄り、2階に上がって、掘りごたつ式の座敷席に座り、「よりみちセット」1,300円や、さきいかの天ぷらなどを肴に反省会を大いに楽しみました。
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五條新町散策・吉田

(幹事の感想) 奈良県五條市は、2012年11月に、一度、マンホールの蓋の写真を撮るために、五條市役所を中心に市内を1時間あまり散策したことがありますが、新町通りは通りませんでした。その後、インターネットで関西の廃線跡を検索していたときに見つけた「五新線」とそれがある五條新町通りを一度訪ねてみたいと思っていたところ、今回、山歩会の幹事になったので、それを実行した次第です。
「五新線」のコンクリート橋梁は、これほどの規模のものが現在まで残されていることが驚きでしたが、新町通りの町並みは、重要伝統的建造物群保存地区に指定されているだけあって、たくさんの建物が建築当時のまま残されていて、感動ものでした。今回訪ねたところ以外にも、もっといろんな施設を時間をかけてゆっくり訪ねてみたいところでしたが、時間に限りがあり、それができずに残念でした。
当日はお天気にも恵まれ、暖かな陽気の中でのんびりと町並み散策を楽しむことができ、みなさんにも喜んでいただけたものと思っています。
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関連記事:大和五條 新町通り 400年の歳月に磨かれた町並み/五條新町ガイドマップ
関連記事:五條市>江戸時代の町並みが残る商家町 五條新町

第120回 大阪国際空港ぐるり一周(大阪府伊丹市・池田市・豊中市)(幹事:大西)
2026年2月24日(火)
[集合時間/場所] 10時 大阪モノレール大阪空港駅 改札口
[行程] 大阪空港駅 ―(30分)→ 浄源寺 ―(5分)→ 下河原緑地 ―(40分)→ 伊丹スカイパーク(昼食)―(30分)→ 豊中つばさ公園 ma-zika ―(40分)→ 阪急豊中駅(解散)(全行程約12km)

本年第1回となる第120回すいゆう山歩会は「大阪国際空港ぐるり一周」。大阪モノレール大阪空港駅改札口に10時集合。吉田が9時47分に大阪空港駅に着くと、改札口に大西、金澤、香川、伊藤、遠藤、杉本、福嶋、沖田、鈴山、杉山の各氏が来ていて、そのあと、日野、10時直前に福山が姿を現わし、本日参加の13人が全員集合。定例メンバーの稲葉さんは腰痛で、めずらしく欠席でした。

大阪空港駅から連絡デッキを通ってターミナルビルまで行き、10時過ぎにウォーキングを開始。
大阪空港ぐるり1周・空港ターミナルビル
連絡デッキから左手を望む。ANAの空港南ターミナルビル、その奥に管制塔の姿が見える。デッキ右手にはJALの空港南ターミナルビルが建っている。
関連記事:大阪国際空港(伊丹空港)

出発に当たって、大西さんから「全長12kmの行程なので、全行程が無理な人は、途中何か所かあるバス停でリタイアしてください」とのアナウンスがありました。
デッキの階段を降り、空港北ターミナルビルの東側を西に進み、建物のはじっこあたりで東に向かい、阪神高速11号池田線の下を通って空港の北側に向かいました。

大阪空港ぐるり1周・空港マンホール大阪空港ぐるり1周・空港マンホール








空港北西部の阪神高速11号の下あたりはもともと空港の敷地のようで、航空局や空港のマークが入ったマンホールがいたるところに敷設されていました。

大阪空港ぐるり1周・空港マンホール大阪空港ぐるり1周・空港マンホール












空港の北側を西に曲がったところで道路は行き止まりになり、民家の間を縫って北に進むと箕面川左岸の土手道に出ました。
大阪空港ぐるり1周・箕面川の左岸
今日の最初の目的地・浄源寺は川向うにあるので、今回はパスして、西に向かって数分歩くと、今日のお楽しみビューポイント3か所の一つ目・下河原緑地(エア・フロント・オアシス下河原)という公園に着きました。
大阪空港ぐるり1周・下河原緑地(エア・フロント・オアシス下河原)
公園に入って奥に進むと、空港を見下ろす高台に展望デッキがあり、ゆっくりと休憩しながら、滑走路から飛び立つ飛行機を間近に眺めることができました。
大阪空港ぐるり1周・下河原緑地(エア・フロント・オアシス下河原)・展望デッキ

ここで、福山さんが、飛び立つ飛行機をバックに今日初めての集合写真を撮ることになり、スマホに取り入れた関西国際空港の発着情報アプリを見ながら、航空機の離陸時間を計算して、セルフタイマーのシャッターボタンを押しました。その結果、狙い通り、上空を飛来する飛行機を見事にとらえることができました。
大阪空港ぐるり1周・エア・フロント・オアシス下河原・展望デッキ
                                                  (写真:福山さん)
そのあと、公園の中を少し西に歩くと、赤道式日時計(円環型日時計)のモニュメントがある高台に出ました。大西さんが杉本さんにお願いして、赤道式日時計の仕組みについて詳しく解説してもらいました。
大阪空港ぐるり1周・エア・フロント・オアシス下河原・日時計
関連記事:日時計日和 〜地球は回り日はまた巡る〜>日時計>日時計の見方・読み方

この場所は大阪空港のA滑走路の延長線上に当たり、頭上を飛んで行く飛行機を真下から眺めることができるので、次に飛んでくる飛行機を待ちました。
大阪空港ぐるり1周・エア・フロント・オアシス下河原
                                                  (写真:福山さん)
やってきた飛行機は、かなり上空を飛び去っていきました。
大阪空港ぐるり1周・エア・フロント・オアシス下河原

そのあと、箕面川左岸沿いの道に戻って西方に進んでいきました。B滑走路を飛び立って東京方面に向かう飛行機が頭の上を通り過ぎていきました。
大阪空港ぐるり1周・箕面川の左岸

空港の北西端の角を曲がると、今度は、一路、南に向かって進むことになります。そのあたりから、広い大阪空港全体を裏側から一望に見渡すことができました。
大阪空港ぐるり1周・大阪空港裏側から一望

駐機場に3機の飛行機が並んで駐機していました。
大阪空港ぐるり1周・大阪空港裏側から一望・並んで駐機する航空機

このあたりは、ちょうどB滑走路の西端にあたり、今度はB滑走路から飛び立つ飛行機を間近に見ることができました。

スタートしてから3.8km地点。昼食地点までまだ少しあるということで、ここでしばらく休憩しました。
大阪空港ぐるり1周・大阪空港裏側から一望・休憩

ゆっくり休憩をとったのち、12時前にウォーキング再開。B滑走路から飛行機が次から次へと飛び立っていきます。
大阪空港ぐるり1周・大阪空港裏側から一望

東に向かってしばらく歩いたところで南に向かい、空港地下道西信号に出ました。スタート地点から4.8km。この地点で、遠藤さんが「足が痛くなった」とリタイア宣言。すぐ近くの神津バス停から12時35分に出る阪急豊中駅行のバスに乗って帰路につきました。

あとのメンバーは空港地下道西信号を南に渡ったあと、すぐ東に向かい、5分ほど歩くと伊丹スカイパークの西端にたどりつきました。
大阪空港ぐるり1周・大阪空港裏側から一望
伊丹スカイパークの看板で昼食地点を確認したあと、スカイパークの階段をのぼって、空港を下に見ながら南東方向に歩いていきました。

伊丹スカイパークは全長1.2kmの公園スカイパークで飛行機の離着陸を間近で鑑賞・体感できるようになっています。

スカイパークほぼ中央に位置するスカイテラスで昼食をとりました。
大阪空港ぐるり1周・伊丹スカイパーク・スカイテラス

昼食後、今日3度目の集合写真。福山さんがB滑走路を着陸する飛行機が真後ろを通る迫力ある写真を撮ろうとしましたが、残念ながら、セルフタイマーのシャッターを押すタイミングが微妙にずれて、うまく撮ることはできませんでした。一瞬のうちに通り過ぎる飛行機の写真を撮るのはなかなか難しいものです。
大阪空港ぐるり1周・伊丹スカイパーク・スカイテラス
                                                  (写真:福山さん)
食事をとったあと、スカイランドの南東端を出て、スカイランドHARADAの西側を南に向かって歩き、環境クリーンセンターのところで東に方向を転じ、クリーンランド、原田下水処理場などの前を通り、千里川をまたぐ原田大橋東方にある豊中つばさ公園「ma-zika」を目指しました。

途中、原田大橋の上から、千里川上空を大阪空港に着陸する、地面近くの低空を飛んでいく飛行機を写真に収めることができました。
大阪空港ぐるり1周・原田大橋

原田大橋を渡ると、豊中つばさ公園「ma-zika」に着きました。
大阪空港ぐるり1周・原田大橋
豊中つばさ公園「ma-zika」は、大阪国際空港に千里川土手を挟んで隣接する広さ約6ヘクタールの公園。もともとは「緑地(緑化事業樹林育成地)」だったところを、飛行機を間近に感じられる希少性の高いロケーションとして豊中市の全国的な観光スポットにするべく、昨年8月に一部開園。2027年3月の全面開園に向けて、整備が続けられています。
関連記事:豊中つばさ公園「ma-zika」

管理棟2階の屋根付展望広場に上ると、目の前を空港に向かって着陸していく飛行機を見ることができました。
大阪空港ぐるり1周・豊中つばさ公園「ma-zika」

当初の予定では、豊中つばさ公園を出たあと、千里川土手まで戻り、真上を通過するビューポイントに立ち寄り、そのあと、阪急豊中駅まで徒歩で帰ることになっていましたが、日野、金澤、香川、杉本、福嶋、沖田、鈴山、杉山の8氏は「飛行機はたくさん見たので、もういい。ここでリタイアして、バスで帰る」ということになり、スタートから8.4km地点のつばさ公園南側の阪急バス原田中二丁目バス停で14時32分発の阪急曽根駅を経由する緑地公園行きのバスに乗って帰路につきました。

残りの大西、吉田、伊藤、福山の4人は初志貫徹。千里川土手まで戻り、「飛行機撮影の聖地」として知られる絶景ポイントで、真上を通過する飛行機を堪能しました。
大阪空港ぐるり1周・千里川土手

大阪空港ぐるり1周・千里川土手

大阪空港ぐるり1周・千里川土手

「飛行機撮影の聖地」として大人気の「千里川土手」には、空港のある右岸部分に滑走路を模した遊歩道や階段状の展望広場が整備され、これまで以上に快適な環境で飛行機や空港を間近で鑑賞できるようになっていました。

上空間近を飛行する飛行機を堪能したあと、北に向かい、残り2.5kmを歩いて全行程12kmを完歩し、4時前に阪急豊中駅にたどりつくことができました。

大西さんが「今日のウォーキングの最後に喫茶店でコーヒーを飲みましょう」ということになり、阪急豊中駅前のスターバックスに行きましたが、若い人たちでほぼ満席。福山さんが「近くにコーヒーが安い、行きつけの店がある」というので、駅の北側にある「Hollys Cafe」に行きました。こちらは、スタバとは客層がガラッと変わって、年配の男性客や子連れの母親など庶民的な雰囲気。値段もブレンドコーヒー290円という安さで、それぞれコーヒー、ソフトクリーム、コーヒーゼリーを注文しました。そして、今日の大阪空港ぐるり一周の話のほか、伊藤さんが披露したトランプカードマジックや大西・伊藤・福山の3氏が所属するオカリナグループに最近発生した問題などについて小一時間話し合ってお開きにしました。
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大阪空港ぐるり1周・大西さん

(幹事の感想) すいゆう山歩会も、発足から20年近くを経て 会員の年齢も80歳代が半数を占める年齢構成となりました。
会長の方針として、山登りにかかわらず、街道歩きや街巡りなどを取り入れようと示されているので、今回、豊中市と伊丹市に接する「大阪国際空港」をぐるり一周し、ウォーキングと飛行機を楽しむ一日を企画しました。
大阪モノレール大阪空港駅を出発し、空港を反時計回りにウォーキング。途中3公園と1絶景ポイント(千里川土手)から次々と離発着する飛行機を間近に見 ジェット音を聞き カメラ撮影して、楽しむことができました、
飛行機が飛んでくる間隔は離陸機と着陸機がほとんど同時のケースもあり 長くても15分程度で次の飛行機を見ることができました。
豊中市開発事業の目玉「豊中つばさ公園 ma-zika(まぢか)」を訪れた時点で歩行距離約9km。当初の予定通り、バスで最寄り駅に向かう組と、歩きで豊中駅に向かう組に分かれ、解散しました。
当日は春近しを思わせる好天気に恵まれ また、脚に不安を抱えた方たちも参加され、気の置けない仲間にも恵まれた有意義な一日でありました。
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関連記事:朝日・おおさか南北ウォーク 2015 離着陸する飛行機を仰ぎ見る 大阪空港 ぐるっと1周コース

〔2025(令和7)年〕
(2025年度の月幹事 : 5月 伊藤、6月 福嶋、8月 金澤、9月 塩崎、10月 日野、11月 稲葉、12月 香川、2026年2月 大西、3月 吉田、4月 杉本)

第119回 箕面山麓周遊散策(第4回目)(大阪府箕面市)(幹事:香川)
2025年12月23日(火)
[集合時間/場所] 10時 阪急箕面駅
[行程]箕面駅前広場 → 聖天橋 → 聖天展望台 →(箕面の森ハイキングマップB1) → B21 → B2 → みのお山荘 → 才ヶ原口(B11)→ 才ヶ原池(B29)(昼食) → B29 → G16 → G17 → G8 → G7谷山谷 → G6白姫神社 → 白島北

9時前に出かけ、阪急石橋阪大前で箕面線に乗り換えると大西さんと福嶋さんが乗っていました。9時46分に箕面駅に着くと、駅前広場にすでに香川、金澤、伊藤、稲葉、杉本、福山、遠藤の各氏が揃っていて、全員集合。日野さんは腰痛のためお休みで、今日の総勢は10人。
本日の散策コースが載っている「箕面の森ハイキングマップ」を駅前の市立観光案内所でもらう予定でしたが、観光案内所の営業時間は10時からでまだ開いていなかったので、その前に駅前広場で体操をしました。
箕面山麓ハイキング・ラジオ体操

10時になったので、観光案内所に行ってハイキングマップをいただき、今日のコースをざっと確認したあと、駅前広場の「ゆずるベンチ」に座って記念の写真を撮りました。
箕面山麓ハイキング・ゆずるベンチで記念撮影
関連記事:Touch Minoh 箕面市観光協会>滝ノ道ゆずる情報

箕面山麓ハイキング・西江寺

駅前広場を出て、北に向かってハイキングを開始。名物のもみじのてんぷらを売る店などが立ち並ぶ滝道をしばらく歩き、右手にかかる聖天橋を渡り、坂道を上っていくとすぐに西江寺の石段がありました。石段を上って西江寺境内に入り、もうひとつ石段を上って西江寺にお参りしました。
関連記事:聖天宮西江寺









箕面山麓ハイキング・西江寺
西江寺本堂前から眼前に広がる箕面市内を眺めたあと、本堂の横を通って寺の裏側に出ると、聖天展望台に向かう坂道に出ました。

箕面山麓ハイキング・西江寺裏

展望台に向かう坂道は樹々はまばらで、陽が射しこんでいて、陽射しを浴びながら、落ち葉が散り敷く道を上っていきました。




















箕面山麓ハイキング・西江寺裏・集合写真
途中のカーブの柵に腰かけて小休止。福山さんが自動シャッターの付いたカメラで写真を撮ってくれたので、参加者全員が写る写真を撮ることができました。(写真:福山さん)

西江寺を出てから20分ほどで聖天展望台(B1)に着きました。北方には箕面連山、南方には箕面市内から、その奥に広がる豊中市内や大阪市内、さらには生駒の山々を見渡すことができました。
箕面の山々をバックに記念の写真を撮りました。
箕面山麓ハイキング・聖天展望台
                                                  (写真:福山さん)

箕面山麓ハイキング・B21

箕面ドライブウェイ(府道43号豊中亀岡線)を横切ってB21地点から再び山道になります。この道は、みのお山荘 風の杜を経て才ヶ原林道に向かう道で、少し急な上り坂でした。








15分ほど歩くと、上り坂終点のB2地点の「みのお山荘」南西角。ここで再び小休止。今日は「散策」なので、無理をせず、時間をかけて、ゆっくり進んでいきます、
箕面山麓ハイキング・B21

休憩のあと、「みのお山荘」敷地西側に設けられた細い木の根道を歩いていきました。。

箕面山麓ハイキング・B33

箕面山麓ハイキング・B21

細い木の根道が切れて、府道豊中亀岡線に出たあと、こもれび展望所に続くアスファルト道を上っていきました。途中、望海展望台へ続く道との分岐点にあたるB33地点を経て、B11地点の「才が原口」に着きました。






そこからは下り坂。「才ヶ原の森」に住む動物や植物が描かれた看板を見たあと、坂道を下っていきました。
箕面山麓ハイキング・才ヶ原口

箕面山麓ハイキング・B29

ほどなく右手に才ケ原池が見えてきて、池の西側を通って三ツ石方面に向かう道との分岐点B29地点に着きました。









B29地点の北側に枯れ葉が散り敷いた空き地があり、そこは日当たりよく、暖かそうだったので、11時45分とまだお昼前でしたが、昼食をとることにしました。
箕面山麓ハイキング・B29・昼食

昼食後、福山さんが集合写真を撮りました。
箕面山麓ハイキング・B29・集合写真

                                                  (写真:福山さん)

箕面山麓ハイキング・B29・G16地点 写真を撮ったあと、谷山谷ルートに入り、才ケ原池を右手に見ながら東に向かってしばらく歩くとG16地点に着きました。
そこは才ケ原方面と谷山谷方面との中間地点にあたる分岐点の四つ辻でした。






そこからしばらくは北東方向に向かう平坦な道でした。
箕面山麓ハイキング・B29・G16地点

ところが、G17地点を過ぎると、樹々の密度が徐々に高まり、鬱蒼と茂る杉林の中を縫う急な下り坂になっていきました。

G8地点で右に曲がって南に向かいましたが、そのあたりから右手に細い川が流れていて、千里川の源流はこのあたりだと言われています。

そのあと、杉林の中、谷山谷を下っていくと、G7地点に着き、そこで再び小休止しました。
箕面山麓ハイキング・B29・G7地点

箕面山麓ハイキング・G7〜G6

G7地点を過ぎると、川は左手のがけ下に流れていて、徐々に川幅が広くなっていきました。
(写真:横山さん)




















途中で視界が開け、橋を渡ると砂利道になり、そこを下ると、G6地点の白姫神社下に着きました。
箕面山麓ハイキング・B29・白姫神社
「下山」まであと少し。ここで、しばらく休憩しました。

関連記事:商工観光課>箕面 温故知新>白姫神社
箕面山麓ハイキング・B29・白姫神社

再出発の前に香川さんから、白島東信号まで下りたあと、阪急箕面駅まで40分間の道のりを歩くか、それとも白島北バス停まで行って、そこからバスに乗って箕面駅まで行くか、どちらを選ぶかの提案がありました。
皆で話し合った結果、ともかくバス停まで行って、バスの発車時間を確かめてから決めようといくことになり、砂利道を通り、左右に池を見ながらバス道の白島東信号まで下り、西に向かいました。
1時13分に白島北バス停に着いて時刻表を見ると、阪急箕面行のバスが1時24分発にあることがわかり、全員そのバスに乗って、箕面駅まで行きました。

列車に乗って豊中駅まで行き、駅の西側に向かって7分ほど歩いてガストに着き、忘年会。マンションの管理組合の用事がある稲葉さんが欠席。ハイキングは不参加の日野さんが忘年会には参加で、参加者は10人です。
全員、「大人のお子様ランチプレート」を注文し、飲み物は、夕方6時までは「ハッピーアワー」でビールなどが通常のほぼ半額でした。
箕面山麓ハイキング・ガスト・おとなのお子さまランチ
お子様ランチプレート 900円(税込 990円)                       (写真:伊藤さん)

関連記事:ガスト>メニュー>グランドメニュー>チーズIN/チキン>大人のお子様ランチプレート
関連記事:ガスト>メニュー>ハッピーアワー

ご多分に漏れず、この店も注文はタブレットで行うもので、注文してから品物が来るまで少し時間がかかりましたが、配膳ロボットが運んできたビールで乾杯をしました。
箕面山麓ハイキング・ガスト・忘年会
                                                  (写真:伊藤さん)

箕面山麓ハイキング・ガスト・忘年会
                                                  (写真:伊藤さん)

箕面山麓ハイキング・ガスト・忘年会
                                                  (写真:伊藤さん)
関連記事:note>ガストの注文タブレットが使いやすい分けー飲食店のオーダーシステムにおけるUI/UXの必要性−
関連記事:Impress Watch>ビジネス>トピック>ガストの「猫ロボット」成功のワケ わずか1年半で3000店導入

途中で、金澤さんが用意したカードを引き、来年度の月幹事が決まりました。

4時前にお開きになり、香川、日野、杉本、福嶋、福山の5人は駅前の「らっきー」に行き、忘年会の2次会を行うことになりました。粋遊会メンバーの行きつけの店・らっきーは、残念ながら、来年2月に閉店するそうです。
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箕面ハイキング・香川さん

(幹事の感想) 金澤会長からの「これからはコースの難易度を少し下げて、全員が最後まで歩ける企画の徹底を」という提案を受け、今回、私は箕面山麓の散策を考えました。
当初は箕面山(355m)登頂を計画しましたが、最近の会員の体力を考えて諦めて、今回のコース(標高300m程度)にしました。
ちょっと軽めではあったが、まあ適度な運動量だったかと思います。
箕面の山麓ではまだいくつかのルートがあり、場合によっては繰り返しになってしまうかもしれませんが、森林浴でちょっとしたフィトンチッドの吸収が期待できるので、また次回以降もチャレンジしたいと思っています。
今回の反省会は、豊中のガストで、10人の参加での忘年会を楽しみました。
歓談が盛り上がり、楽しく過ごす事ができ、有意義な一日を過ごして、また来年以降の活動を約して解散しました。
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箕面ハイキング・香川さん

(会長の感想)
好天に恵まれた箕面山ハイク 十分に楽しみました。
弁当を食べた陽だまりは、静かでぬくもりが最高でした。
福山さんのおっしゃる通り、こんな所でのオカリナ演奏いいですね!
忘年会も盛り上がり、リーズナブルなのも嬉しかったです。
香川さん、幹事ご苦労様でした。

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関連記事:みのお山なみネット>箕面の山麓保全活動情報のポータルサイト>箕面の山を楽しもう!>ハイキングマップと安心安全情報>箕面の森ハイキングマップ(2024年4月改訂版)

第118回 御堂筋ウォーク(梅田〜なんば)(大阪市)(幹事:稲葉)
2025年11月25日(火)
[集合時間/場所] 10時30分 地下鉄梅田の阪神列車降り場エスカレーター前
[行程] お初天神 ― 北新地経由 → 中之島フェスティバルタワー(12階フェスティバルキッチンで昼食) ― 堂島川沿いに淀屋橋 →御堂筋(北御堂→南御堂) → 難波(時間あれば難波周辺散策)

前日夜6時の天気予報で当日の大阪は「曇時々雨。降水確率60%」とあったので、翌日の山歩会は中止、と思っていたら、8時前に「NHKの予報で降水確率50%ですが、金澤会長様に相談し、街歩きで昼間曇りの予報もあるので、山歩会は実地することにします」との連絡メールが入りました。

今日の集合場所は「地下鉄梅田の阪神列車降り場エスカレーター前」。阪急梅田駅を降り、阪急百貨店の南東角のエスカレーターを下りて地下街に入り、最初の四つ辻を右に折れて、阪神列車の改札の方に向かって歩くと、阪神列車の改札に向かって下りるエスカレーター前の柱横に山歩会のメンバーがたむろしているのが遠くからわかりました。近づくと、稲葉さん、本間さん、香川さん、大西さん、鈴山さんがおられ、ほどなく、日野さんと福嶋さん、続いて金澤さん、伊藤さん、杉本さんが姿を見せ、最後に福山さんが現れました。塩崎さんはお休みで、今日の参加者は総勢12人です。

外は雨なので、予定通り御堂筋ウォークを行うかどうか、さまざまな意見が出されました。
御堂筋ウォーク・梅田地下街阪神エスカレータ前
                                                  (写真:伊藤さん)
最終的に幹事の稲葉さんのプラン通りに行うことになり、最初の目的地お初天神を目指すことになりましたが、梅田第一ビルの地下街を通るかどうか意見が分かれ、地下街は殺風景で味気ないので、ともかく地上に出ることにしました。そこで、地下鉄谷町線東梅田駅改札口の手前で地上に出て、曽根崎お初天神通り商店街の中を通ってお初天神に向かいました。

御堂筋ウォーク・曽根崎お初天神通り商店街

居酒屋などの飲食店が立ち並ぶ曽根崎お初天神通り商店街は基本的には夜の町なので、昼間はほとんど人通りはありませんでした。

関連記事:曽根崎お初天神通り商店街

















曽根崎お初天神通り商店街を南に通り抜けると、正面のビルとビルの間に「お初天神 露 天神社」の境内への入口の赤い鳥居が立っていました。
御堂筋ウォーク・お初天神 露 天神社

露天神社(つゆのてんじんしゃ/通称「お初天神」)は恋愛成就、学問の神様としても有名で、最近は若い世代からの人気を集めているようです。 露天神社の境内は七五三詣りの飾り付けがされていましたが、本殿前で記念の写真を撮りました。
御堂筋ウォーク・お初天神 露 天神社
                                                  (写真:伊藤さん)
関連記事:露 天神社(つゆのてんじんしゃ)

御堂筋ウォーク・北新地本通り

露天神社の西門を出て、梅田新道の交差点の歩道橋を上り下りし、交差点の南西側に出ました。そこから、北新地本通りを東から西に通り抜けて、四ツ橋筋に出ました。
バー、クラブ、スナック、小料理屋、和洋割烹などの高級飲食店が入る高層ビルが立ち並ぶ北新地は「夜の社交場」。皆さん、現役時代は行きつけの店が何軒かあったのではないでしょうか。

関連記事:三井住友トラスト不動産>大阪府 大阪 梅田>繁華街として発展した「北の新地」
     (写真:伊藤さん)





そこから南に向かい、11時前に中之島フェスティバルタワーに着きました。
御堂筋ウォーク・中之島フェスティバルタワー
                                                  (写真:伊藤さん)

中之島フェスティバルタワーの正面玄関を入ると、すぐ目の前に、フェスティバルホールのエントランスホワイエへと続く、赤じゅうたんが敷き詰められた大階段がありました。その赤じゅうたんの階段に並んで記念の写真を撮りました。
御堂筋ウォーク・中之島フェスティバルタワ。赤じゅうたんの階段で記念写真
                                                  (写真:伊藤さん)
このビルの4〜8階はフェスティバルホール、9〜12階は朝日新聞大阪本社が入っています。

12階のフェスティバルキッチンが開店するまでまだ少し時間があったので、13階のスカイテラスに行き、南側と西側の景色を眺めました。南西方向に、林立する高層ビルの合間から大阪ドームが思ったよりも近くに見えました。

11時過ぎ、エスカレーターで12階に降り、開店早々のフェスティバルキッチンに行き、店先のメニューを見て食べたいものを選択し、店内に入ってすぐにあるカウンターで商品を受け取って、広い店内の一角に座って昼食をとり、食後はゆっくり会話を楽しみました。

関連記事:関西広域連合>広域連合> 実施事務>広域産業振興局農林水産部>「おいしい!KANSAI応援企業」登録制度 >おいしい!KANSAI応援企業」登録企業の紹介>中之島フェスティバルタワー職域食堂 フェスティバルキッチン(大阪府)

12時前に入口あたりに並ぶ人の波が増えてきたので、店を出て、堂島川左岸の遊歩道を通って淀屋橋まで行きました。
御堂筋ウォーク・堂島川左岸

幹事の稲葉さんから大阪市役所の東方にある中之島公園のバラ園を見にいくというプランも出されましたが、日野さんの「バラは先週、粋遊会本会例会の鶴見緑地で見たので、もういい」という一言で却下されました。
関連記事:バラ百科>全国のバラ園> 関西地方のバラ園>大阪府のバラ園とバラまつり情報2025> 中之島公園 バラ園 (大阪府大阪市)

御堂筋ウォーク・御堂筋・イチョウ

市役所前に展示されたミャクミャクを左手に見ながら、右に折れて、御堂筋に出ました。
イチョウ並木のイチョウの木がきれいに色づいていました。



















御堂筋ウォーク・北御堂・山門

そこから御堂筋の西側舗道を20分ほど歩くと右手に北御堂の大きな看板があり、山門に続く石段を上っていきました。



















御堂筋ウォーク・北御堂・本堂前

山門をくぐると目の前に本堂に続く階段とコンクリート製の本堂がそびえたっていましたが、山門前の広場にはなぜか大量の雪が積み残っていました。
この雪は、11月22日・23日に行われたイベント(雪像作り、スノボー大会など)の名残りだそうです。

関連記事:北御堂>お知らせ>お知らせ・更新履歴>2025年>COWDAY STREET 2025 in 大阪・北御堂





御堂筋ウォーク・北御堂・親鸞像

山門をくぐった右手に親鸞像、左手に蓮如上人像が立っていました。
親鸞像の前で、本間さんから北御堂や浄土真宗にまつわるいろいろな話をお聞きしました。

関連記事:北御堂(浄土真宗本願寺派 本願寺津村別院)















北御堂を出て、500mほど南に歩くと南御堂がありますが、その前に、南御堂の西側にある坐摩(いかすり)神社に立ち寄りました。このコースは稲葉さんの最初のプランにはなかったものですが、本間さんの提案を受けて実行したということです。
御堂筋ウォーク・北御堂・坐摩神社

御堂筋ウォーク・北御堂・坐摩神社

坐摩神社は住居守護、旅行安全、安産の神として信仰されていて、船場の氏神様でもあります。
また、この坐摩神社は全国の渡辺姓の発祥の地であり、坐摩神社南西側の住所表示板に記された地名には町名のあとの本来なら番地の数字が書かれる位置に「渡辺」の文字が書かれていました。

関連記事:摂津国一之宮 坐摩(いかすり)神社(通称ざまじんじゃ)
関連記事:トラベルjp>国内旅行> 大阪旅行・ツアー(格安) >番地が渡辺!?大阪「坐摩神社」は全国の渡辺さん発祥の地



坐摩神社を出て、神社の南側を通って、御堂筋に出ると、その北側に南御堂の入口がありました。中に入ると、正面に御堂会館が建っていました。
御堂筋ウォーク・南御堂

御堂会館では、ちょうど1時半から法話が始まるということだったので、またとない機会で、これもご縁だと思った金澤、大西、伊藤、吉田の4人は法話を聞くことにしました。あとの8人は、法話には興味がなく別行動をとることとなり、本堂前で解散することになりました。

関連記事:南御堂 真宗大谷派難波別院>南御堂について

金澤、大西、伊藤、吉田の4人は法話を聞いたあと、御堂筋沿いの大阪ガス本社ビル1階のカフェ「flamme terrasse(フラムテラス)」に入って、1時間ほどおしゃべりしたあと、御堂筋沿いに梅田まで徒歩で帰りました。
法話を聞かずに帰った稲葉、本間、鈴山、日野、杉本、香川、福嶋の7人は、梅田駅前の新梅田食道街のいつもの「しおや本店」で反省会を行いました。
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御堂筋ウォーク・稲葉さん

(幹事の感想) 今回のコースは、以前から一度歩きたいなと思っていたところで、問題の食事場所も、昔、当方別グループで行ったところを思い出し、そして集合時間が通勤時間を外し、平坦な道でもあることが決め手でした。
ただ、前日夜7時の天気予報が雨で降水確率70%とあり、中止もやむなしと思いましたが、金澤会長に相談したところ、「平地だし、雨は午後から止む」とのことで、決行することにしました。
スタート時は雨でご迷惑をおかけし、食後も雨の中、御堂筋を散策することになりましたが、北御堂でほぼ雨も上がり、晴れ間も出るほどになり、坐摩神社へ行くこともできました。
南御堂で、たまたま御堂会館で法話があるのに4名の方が参加されることになったので、他の人に相談し、その結果、難波まで行かず、南御堂前で解散となり、「御堂筋ウォーク」が中途半端で終わったことは残念なことでした。
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第117回 山の辺の道ウォーク<柳本から天理まで>(奈良県天理市)(幹事:金澤)
2025年10月28日(火)
[集合時間/場所] 8時50分/JR大阪駅・中央改札口前
[往路] JR大阪駅9:05(関空快速)→9:21新今宮駅9:25(大和路快速)→10:03奈良駅10:15(万葉まほろば線)→10:34柳本駅
[行程] 柳本駅⇒黒塚古墳展示館⇒長岳寺⇒トレイルセンター(昼食)⇒柿本人麻呂歌碑⇒念仏寺⇒竹之内環濠集落⇒夜都伎(やとぎ)神社(参拝)⇒内山永久寺跡⇒石上(いそのかみ)神宮(参拝)⇒天理教本部⇒天理商店街⇒JR天理駅(約8km)
[帰路] JR天理駅からJR奈良駅経由大阪駅

8時に家を出て、8時40分にJR大阪駅に着くと、すでに金澤、香川、伊藤、稲葉、福嶋、遠藤、杉山の7人が集まっていました。少し遅れて大西さん、そして、集合時間ギリギリに福山さんが来て、全員集合。今日の参加者は計10人。日野さんと塩崎さんは体調不良のため、杉本さんは同窓会出席のため欠席でした。
山歩会として山の辺の道を歩くのは、昨年10月に桜井から柳本までを歩いたその続きですが、13年前の2012年にも桜井から奈良までを3回に分けて歩いたことがあります。

予定通り、10時34分にJR柳本駅に到着。駅前広場に立っていた案内板「山の辺の道てくてくマップ」を見ながら、金澤さんが今日の行程について説明しました。
山の辺の道・柳本駅前・山の辺の道てくてくマップ
                                                  (写真:伊藤さん)
そのあと、いつも通り、ラジオ体操をしました。
山の辺の道・柳本駅前・ラジオ体操

体操で体をほぐしたあと、駅前通りを東に向かい、10分ほどで黒塚古墳展示館に着きました。

山の辺の道・黒塚古墳展示館・復元竪穴式石室柳本駅前

展示館では、1階で実物大の復元竪穴式石室を、2階で三角縁神獣鏡33面、画文帯神獣鏡1面、鉄製刀剣類のレプリカを見ることができました。
            (写真:伊藤さん)

関連記事:天理観光ガイド・天理市観光協会>観光スポット>南部エリア>黒塚古墳
関連記事:Ameba>奈良大好き主婦日記>山の辺の道〜黒塚古墳について真面目にレポートしてみた










展示館を出たあと、実際の黒塚古墳に上りました。古墳時代前期初頭の3世紀後半に築造された黒塚古墳は全長134mの前方後円墳。古墳の周りには周濠が巡らされていました。
山の辺の道・黒塚古墳
                                                  (写真:伊藤さん)
黒塚古墳から東に歩を進めると、まもなく国道169号線に出ました。そこを北に進んで、すぐに東に向かうと、5分ほどで稱念寺というお寺に行き当たりました。そこを左に曲がって、右側に天理市トレイルセンターを見ながら、北に向かい、さらに東に曲がり、もう一度左に曲がって右に曲がると、正面に長岳寺の大門が姿を現わしました。
大門をくぐると漆喰の白壁に挟まれた長い参拝道が100mほど続いていました。
参拝道の先の左手に受付があり、入場料400円を払って先に進むと、目の前に鐘楼門が姿を現わしました。

山の辺の道・長岳寺・鐘楼門

長岳寺の鐘楼門は、日本最古の鐘門で、弘法大師が長岳寺を創建した当初の唯一の建物だということです。
関連記事:長岳寺>鐘楼門


















鐘楼門をくぐると、左手に本堂が建っていました。
山の辺の道・長岳寺・本堂
本堂の現在の建物は天明3年(1783年)に再建されたもので、堂内には阿弥陀三尊像(重要文化財)と多聞天立像(重要文化財)、増長天立像(重要文化財)が安置されていました。

ところで、金澤さんが今回の山の辺の道ウォークの目玉のひとつとして選んだのが、この長岳寺。なぜかと言うと、長岳寺では、この時期、約400年前の安土桃山時代に狩野山楽が描いたといわれる9幅(縦3.5m、横11m)の秘蔵「大地獄図」が御開帳されているので、「皆さんの今後のお役に立つはず」とのこと。ありがたいことに、今日は、ボランティアガイドさんの解説つきで、大地獄図を詳細に拝観することができました。
三途の川、賽の河原、八大地獄、餓鬼道、畜生道、修羅道、魔大王などの絵を見ながら、ガイドさんの説明によって、「“六文銭”は三途の川の渡し賃」、「御朱印は、亡くなった人が閻魔大王の裁きの際に役立つ“極楽浄土への手形=パスポート”になるので、故人が亡くなったとき、お棺の中に入れないと意味がない」ということなどを知ることができました。

関連記事:釜ノ口山 長岳寺 関西花の寺第十九番霊場 大和十三佛第四番霊場
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地獄絵を拝観したあと、それぞれの感慨を胸に、本堂をあとにしました。
山の辺の道・長岳寺・本堂

鐘楼門を出たところで数人が空を見上げていますが、いったい何を見ているのでしょうか?
山の辺の道・長岳寺・鐘楼門

山の辺の道・長岳寺・旧地蔵院庫裏・庭園

鐘楼門を出たすぐ右側に書院造りの庫裏(旧地蔵院)が建っていたのを見て、「これも拝観料のうち」と見学することにしました。
室内では襖絵や掛け軸を鑑賞し、さらに縁側から美しい庭園を鑑賞することもできました。
     (写真:伊藤さん)

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山の辺の道・長岳寺・山門・記念写真

山の辺の道・長岳寺・山門・記念写真・吉田

大門を出たところで記念の写真を撮りました。








大門を出たあと、来た道を少しだけ引き返し、トレイルセンターの前庭にしつらえられたテーブルに座って、昼食をとりました。
山の辺の道・長岳寺・山門・記念写真・吉田

トレイルセンターの中にある洋食店からおいしそうな匂いが漂ってきて、その匂いをかぎながら、それぞれ持参した弁当を食べました。
センターの中にある洋食店はほぼ満員の盛況を見せていましたが、利用客のほとんどが外国人で、ここ山の辺の道も外国人観光客の人気のスポットになっているようです。

洋食katsui 山の辺の道>TENRI TRAIL CENTER 天理市トレイルセンター[歩く道の駅]
いざいざ奈良>グルメ>洋食Katsui 山の辺の道>日本最古の官道「山の辺の道」にある洋食の名店で極上のエビフライを

山の辺の道・柿畑

山の辺の道・柿の木

トレイルセンターを出たあと、山の辺の道を北に向かって歩きました。小さな集落を通り抜けると畑が広がっていて、野菜畑やみかん畑もありましたが、圧倒的に多かったのが、柿畑でした。今年は柿の実の当たり年のようで、赤く色づいた柿の実がびっしりとぶら下がっていました。農家の高齢化のせいか、収穫が放棄された畑もあって、熟れた実がポトポトと地面に落ちていて、もったいなく思いました。  (写真左:伊藤さん)
山の辺の道のところどころにある無人販売所では1袋100円で農作物が売られていました。その多くが柿の実で、小ぶりの柿が2〜3個というところが多いなかで、あるところで大きな利根早生柿が4個で100円で売られていたので、思わず買ってしまいました。

コスモスもちょうど満開で、ピンクや白の可憐な花が秋風に気持ちよさそうに揺れていました。
山の辺の道・柿畑

トレイルセンターを出てから50分ほど歩いたところに休憩所が設けられていたので、そこに入って、しばしくつろぎの時間を過ごしました。
山の辺の道・休憩所

山の辺の道の随所にきれいなトイレも設けられていて、観光客のために整備されていることがわかりました。道路もほとんどがアスファルト舗装され、すべて舗装されていない田んぼ道だった昔に比べて、ずいぶん快適なハイキングを楽しめるようになっていますが、一方で、鄙びた風情がだんだん薄れてきているみたいで、少し残念な気もしました。

山の辺の道・田んぼ道

めずらしく舗装されていない田んぼ道。
右側は刈り取りの終わった稲田。左は柿畑。こちらの実が色づくのはもう少し先のようです。
   (写真・伊藤さん)



















休憩所から30分ほど歩くと、夜都伎(やとぎ)神社という茅葺の拝殿をもつ社があり、そこに立ち寄って、お参りしました。
山の辺の道・夜都伎神社
関連記事:みくるの森>奈良観光>神社仏閣・史跡巡り>秋の山の辺の道を歩く〜夜都伎神社と彼岸花の咲く長閑な田舎風景(奈良県天理市)

しばらく歩くと、めずらしく有人の販売所があり、さつまいもと黒大豆枝豆とが売られていました。
山の辺の道・有料販売所

さらに北に向かって進んでいきます。道端の柿の木にも実が鈴なりです。
山の辺の道・柿の木

稲刈りを終えた田んぼに稲わらの束を束ねて三角形に立てたのが並んでいました。一般には「藁立て」、この地方では、「藁ぼっち」と呼ぶのだそうです。
山の辺の道・藁ぼっち
コンバインで稲刈りするときに稲わらを細かく裁断してしまうところが多くなってきている昨今、「藁ぼっち」が並ぶ風景はぜひ長く残ってほしいものです。
関連記事:山の辺遊歩>「藁ぼっち」が並ぶ

山の辺の道・無人販売所

ここにも無人販売所があり、干し柿などが並べられていました。























1時50分に夜都伎神社を出てから、石上神宮を目指してひたすら北に向かって歩き、途中、思ってもいなかった石畳の急な坂道に心が折れそうになりながらも、なんとか前に進み、2時半に、やっと石上神宮に到着することができました。
山の辺の道・石上神社

楼門をくぐって境内に入り、拝殿にお参りしました。
山の辺の道・石上神社

関連記事:石上神宮(いそのかみじんぐう)
関連記事:パワースポット&カフェ&雑貨大好き 女子のよくばりガイド 奈良しあわせ散歩>石上神宮

3時前に石上神宮を出たあと、県道51号線に出て北に向かい、布留交差点で西に折れ、天理駅を目指しました。
途中、天理教本部の建物の前を通りました。前回、2012年には建物の中を案内してもらって、幸せそうな信者の姿を見て感動したものでしたが、今回はもはや立ち寄る気力もなく、ひたすら駅を目指しました。天理駅から天理教本部に続く天理本通商店街、前回歩いたときはそんなに長く感じませんでしたが、今回はやたら長く感じました。あとで調べると、この商店街は奈良県でいちばん長いアーケードを持つ商店街だそうです。
ともかく、神宮を出たあと、40分以上歩いて、3時半にやっとJR天理駅に着きました。
関連記事:note>商店街マニアが行く商店街巡り ♯024 天理本通り商店街(奈良県天理市)

駅の表示板を見ると、次の奈良行の列車は3時54分までないので、帰りを急ぐ人は近鉄のほうが大阪に早く着くとのことで、JR天理駅の西側にある近鉄天理駅に向かうことになりました。JR天理駅改札前でいったん解散したあと、金澤、大西、伊藤、吉田、福山の5人はJRで、杉山、香川、稲葉、福嶋、遠藤の5人は近鉄で、と二組に分かれて帰路につきました。
本日の天理市の最高気温は18度。陽が陰ると少し肌寒く感じましたが、陽が射すと暖かく、快適なハイキング日和でした。
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山の辺の道・金澤さん

(幹事の感想)
奈良は空が高く、広い。秋を味わうのに一番ふさわしいところ。私の一番好きな場所でもある。
10月度の担当となり、迷いなく日本最古の道として知られる「山の辺の道」を歩こうと決めた。今回は去年の桜井〜柳本に続く柳本〜天理までのコース。山の辺の道ハイキングコースとして整備された道の完結編です。
好天に恵まれ、気持ちの良い山の辺の道の風景を楽しみながら、山裾の道をたどりました。柿も沢山実り、秋を存分に味わうことができました。
ハイライトは長岳寺。狩野山楽筆の「大地獄絵」が丁度ご開帳されていて、ガイド付きで拝観しました。三途の川、針の山、血の池地獄、閻魔大王など地獄での様々な場面が生々しく描かれている。地獄と聞いて、身近に迫った我々シニアは関心を持たざるをえないためか、ガイドさんへの質問の嵐がやみませんでした。近々迎える死後の世界の概念を何となく理解することができ、ちょっと安心できたのは私だけではなかったはずです。拝観料400円は安かった!?
コース最後の石上神宮への登り坂は思ったよりも歯応えはありましたが、15時半、全員無事に天理駅まで完歩することができました。
最近の山歩会では珍しい5時間の長時間ハイキングとはなりましたが、秋を十分に味わい、また体力もまだまだやれるぞと確信できて、満足のいく「山の辺の道ハイキング」でした。
来月の稲葉さん企画の「御堂筋ウォーク」も楽しみです。歩くぞ!!!
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関連記事:天理観光ガイド・天理市観光協会>オススメ散策コース>山の辺の道(南)コース

参考:とよなか粋遊会 ハイキンググループ「山歩会」(さんぽかい)の記録A(2012年)(7月:北・山の辺の道、6月:山の辺の道A、5月:山の辺の道@)

第116回 古市&道明寺古墳巡り&柏原市立玉手山公園散策(大阪府羽曳野市・藤井寺市・柏原市)(幹事:塩崎)
2025年9月23日(火)
[集合時間/場所] 9時20分/近鉄大阪阿部野橋駅改札口付近
[行程] 古市駅 ⇒ 白鳥神社 ⇒ 誉田八幡宮 ⇒ 栗塚古墳 ⇒ 二ツ塚古墳 ⇒ 誉田丸山古墳 ⇒ 応神天皇陵古墳 ⇒ 大鳥塚古墳 ⇒ 古室山古墳 ⇒ 仲津姫陵古墳 ⇒ 三ツ塚古墳(中山塚古墳等) ⇒ 道明寺天満宮 ⇒ 道明寺駅 ⇒ 玉手橋 ⇒ 柏原市立玉手山公園 ⇒昼食⇒ 散策(資料館、後藤又兵衛碑、小林一茶句碑) ⇒ 道明寺駅⇒ 道明寺天満宮・資料館 ⇒ 道明寺駅 ⇒阿部野駅解散

9時10分に近鉄大阪阿部野橋駅西改札口前に着くと、伊藤さんと香川さんが来ていて、そのあと、大西さん、塩崎さんが姿を現わし、少し遅れて金澤さんがやってきました。
今日の参加者は8人で、あと2人。なかなか姿を現わしませんでしたが、福嶋さんがホームのほうからやってきて、「中改札口で待っていたが、誰も来ないので」とのこと。最後の稲葉さんが来ないので、電話をかけると「中改札口で待っているが、誰も来ない」とのことで、西改札口に来るよう指示しましたが、そのあとかなり時間がかかり、9時20分過ぎになって、やっと姿を現わしました。
近鉄大阪阿部野橋駅には西改札口のほかに東改札口と中改札口があるので、待ち合わせ場所を単に「阿部野橋駅改札口」と言っただけでは、このような間違いがよく起こってしまうのです。
日野さん、本間さん、杉本さん、遠藤さん、福山さんは体調不良などでお休みでした。

阿部野橋駅9時24分発の準急に乗り、9時44分に古市駅に着きました。
西出口を出て駅の南西側にある白鳥陵古墳を訪ねるオプションもあるということでしたが、40分から1時間かかるということで最初の予定通り、駅の東側にある白鳥神社を訪ねることにしました。
吉田は古市駅のエスカレータを上ったところに設置されているステーションライブラリ―で馳星周と有川浩の文庫本を借りました。

東出口を北側に出ると、そこはもう白鳥神社の敷地で、白鳥神社の参道になっていました。

古市・道明寺古墳めぐり・白鳥神社
歴史街道の説明板の前で、白鳥神社に関する塩崎さんの説明に耳を傾けました。

古市・道明寺古墳めぐり・白鳥神社
                                               (写真提供:伊藤さん)
白鳥神社は、元は白鳥陵の頂に鎮座していましたが、江戸時代に古市の氏神として現在地に移築されました。日本武尊・素戔嗚尊(午頭天王)・稲田姫命を祀っています。明治時代に近隣の高屋神社を合祀し、その祭神・嶢速日命(ニギハヤヒノミコト)・第27代安閑天皇を合わせ祀っています。(塩崎さん作成の「資料」より) 秋祭りには古市6町のだんじりが町内を練り歩くそうです。

関連記事:白鳥神社
関連記事:ちょっと気になる! 〜大阪発史跡旅〜>白鳥神社(羽曳野市) ・伊岐宮とも呼ばれた日本武尊祀る神社 白鳥神社

白鳥神社にお参りしたあと、北に向かい、10分ほど歩くと誉田八幡宮の西門が姿を現わしました。
古市・道明寺古墳めぐり・誉田神社

中に入って、西側に向かうと、その先に本殿がありました。
古市・道明寺古墳めぐり・誉田神社
誉田(こんだ)八幡宮は、応神天皇の崇廟として歴代の行幸を仰ぎました。朝廷幕府からの庇護も厚く、武神として崇められました。現在の社殿は豊臣秀頼によって再建されたもので、宝物館には、国宝の神輿、応神天皇陵出土の鞍金具など多くの宝物を所蔵しています。祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后です。(塩崎さん作成「資料より」)

八幡宮の北側奥には、応神天皇陵を参拝するために使われた太鼓橋(放生橋)があるというので、そこを訪ねました。
古市・道明寺古墳めぐり・惠我藻伏崗陵・太鼓橋

古市・道明寺古墳めぐり・惠我藻伏崗陵・太鼓橋

19世紀中旬に造られた応仁天皇陵拝所は、古墳の前方部の最北端にありますが、江戸時代までの人は埋葬施設のすぐ近くまで足を運んでお参りしていたので、人々は、後円部の最南端にある誉田八幡宮に参ったあと、北側にある石の太鼓橋を渡り、そこから石段を上り、後円部の頂上にある六角形の宝殿まで行って参拝した、ということです。(「エナガ先生の講義メモ」より)
太鼓橋は急勾配なので、実際は太鼓橋の右側の木橋を渡っていったようです。
(写真提供:伊藤さん)

関連記事:エナガ先生の講義メモ>南河内 @誉田八幡宮 誉田八幡宮の参道@応神天皇陵(羽曳野市・誉田)


関連記事:誉田八幡宮

誉田八幡宮を東側に出て、南北に走る道路・東高野街道を北に向かって歩きました。
東高野街道は京と高野山を結び、河内国を縦断する道です。
古市・道明寺古墳めぐり・東高野街道石碑
誉田中学校の西側の三叉路に自然石でできた東高野街道の石碑と道標が建っていました。
古市・道明寺古墳めぐり・東高野街道道標 古市・道明寺古墳めぐり・東高野街道
道標の南面には「右 道明寺 玉手 なら 京 左 八尾 久宝じ」と刻まれていました。
関連記事:五街道の道しるべを巡り歩く その一 「東高野街道」 後編
関連記事:Kansai Odyssey>東高野街道を歩く3: 柏原〜河内長野

東高野街道をさらに北に向かって歩くと、左手にこんもりした丘陵が横たわっていましたが、それが応神天皇陵古墳でした。
応神天皇陵古墳を左手に見ながらさらに北に進むと、10分ほどで西名阪道の高架に突き当たり、高架の手前で西に向かって10分ほど歩くと、左手に応神天皇陵の入口がありました。
古市・道明寺古墳めぐり・応神天皇陵

陵の入口には宮内庁の看板が掲げられていました。
古市・道明寺古墳めぐり・応神天皇陵

古市・道明寺古墳めぐり・応神天皇陵
応神天皇陵の前で塩崎さんの説明を聞いたあと、記念の写真を撮りました。
古市・道明寺古墳めぐり・応神天皇陵
                                               (写真提供:伊藤さん)
応神天皇陵古墳は「5世紀初頭築造と考えられており、墳丘長約425m、後円部径250m、高さ25m、前方部幅300m、高さ36mの古市古墳群最大の前方後円墳。 墳丘長・体積共に大仙陵古墳(仁徳天皇陵)に次ぎ日本第2位の大王陵である。」(塩崎さん作成「資料」より)

関連記事:誉田八幡宮>応神天皇陵について
関連記事:世界遺産マニア>アジアの世界遺産>日本の世界遺産>大阪府の世界遺産「誉田御廟山古墳(応神天皇陵)」とは?世界遺産マニアが解説

そのあと、応神天皇陵古墳の北側にある大鳥塚古墳に行き、後円部分に上りました。
古市・道明寺古墳めぐり・大鳥塚古墳
大鳥塚古墳は「墳丘長110m、高さ12.3mの前方後円墳。後円部は3段、前方部は2段。5世紀初頭築造と推定され、古市古墳群では中形。第二次世界大戦中、掩体壕(えんたいごう)に利用。」(塩崎さん作成「資料」より)

大鳥塚古墳の北側には古室山古墳があり、その北側には仲姫命陵古墳がありました。
古市・道明寺古墳めぐり・古室山古墳
古室山古墳は「仲姫命陵古墳と応仁天皇陵古墳の間に築造された前方後円墳。墳丘長150m、後円部径96m、高さ15.3m、前方部幅100m、高さ9.3m。古市古墳群の中では初期に築造された4世紀後半の前方後円墳。埋葬施設や副葬品は不明」(塩崎さん作成「資料」より)
仲姫命陵古墳(仲ツ山古墳)は「4世紀末から5世紀前半築造と推定され、古市古墳群では2番目、全国では9番目に大きな古墳。全長290m、後円部径170m、前方部幅193m、高さ23.3m。第15代応神天皇皇后の仲姫命の陵に治定されている前方後円墳。第14代仲哀天皇陵の説もある。」(塩崎さん作成「資料」より)

仲姫命陵古墳には寄らずに、古室山古墳の北東角を東に向かうと、道明寺がありました。
古市・道明寺古墳めぐり・道明寺

古市・道明寺古墳めぐり・道明寺

古市・道明寺古墳めぐり・道明寺・白萩

道明寺にお参りし、境内の床几に腰かけて、しばし休憩しました。
道明寺の境内には梅の花のほか、椿、菩提樹、藤など多種類の花木が植えられていましたが、萩の花もちょうど見頃を迎えていました。写真は白萩。
(写真提供:伊藤さん)













そのあと、道明寺の東隣にある道明寺天満宮にはお詣りせずに、道明寺天神通り商店街を東に進んでいきました。

古市・道明寺古墳めぐり・関西万博マンホール
道明寺商店街の北方に大阪・関西万博デザインマンホール蓋が設置されていました。

古市・道明寺古墳めぐり・長谷川義史さんが描いたデザインマンホール蓋古市・道明寺古墳めぐり・長谷川義史さんが描いたデザインマンホール蓋











さらに、その北側の道明寺天神通り商店街北側入口近くには、地元藤井寺市出身の絵本作家・長谷川義史さんが描いたデザインマンホール蓋も設置されていました。

関連記事:藤井寺市>組織からさがす>市民生活部>産業創造室観光課>観光案内>絵本作家 長谷川義史さんのデザインマンホール蓋が完成しました

古市・道明寺古墳めぐり・藤井寺市デザインマンホール蓋

ちなみに、藤井寺市のデザインマンホールは中央に古墳をモチーフにした市章が描かれています。

関連記事:藤井寺市>組織からさがす>総務部>総務課>ようこそ藤井寺市へ >市のあらまし>市章






古市・道明寺古墳めぐり・近鉄道明寺駅前
商店街を抜けると近鉄道明寺駅南側の駅前広場で、「周辺案内図」、「地域情報板」のほか「道明寺歴史年表」、「大坂夏の陣 道明寺合戦記念碑」が建っていました。

駅の南側にある踏切を東に抜けると石川の土手道に出て、そこを少し南に歩くと、石川にかかる橋「玉手橋」があり、そこを渡ると、橋の東側は柏原市玉手町でした。
古市・道明寺古墳めぐり・玉手橋

古市・道明寺古墳めぐり・玉手橋
                                                (写真提供:伊藤さん)
古市・道明寺古墳めぐり・玉手橋
玉手橋は、昭和3年に架橋された吊橋で、両岸と4組の塔で支える5径間の吊橋としては日本最多径間の吊橋で、全国初の文化庁登録有形文化財になっています。
関連記事:藤井寺市観光ボランティアの会>ふじいでら歴史探訪>6 大和川にかかる橋 その3 遊園地へ誘う吊橋「玉手橋」
関連記事:町を楽しむ ワイドに伝える かしわらイイネット>News>2025年6月21日 聖地巡礼として盛り上がりそう!玉手橋が映画「国宝」のロケ地に

玉手橋を渡ったあと、7分ばかり行ったところで南に向かい、さらに10分ほど歩くと、柏原市立玉手山公園・ふれあいパークの入口がありました。古市・道明寺古墳めぐり・柏原市立玉手山公園・ふれあいパーク
玉手山公園は平成10(1998)年5月、それまで近鉄玉手山遊園地だったところを市立公園として整備して、平成11年3月にオープンしたものです。
関連記事:柏原市>分野>まちづくり・環境>公園>市立玉手山公園 ふれあいパーク
関連記事:YAHOO!ニュース>エキスパート>地域ニュースサイト号外NETライター(羽曳野市など)>【柏原市】知らない方も多いのでは?「玉手山公園 ふれあいパーク」は老若男女楽しめるスポットです!
関連記事:八尾、藤井寺の住みよさをご紹介 八尾・藤井寺で暮らそう!>公園>入場無料の元・遊園地?レトロな雰囲気が楽しめる「柏原市立玉手山公園」

公園に入り、南に進むと階段があり、その階段を上ると、展示館(おもちゃの館・歴史館)がありましたが、そこに入る前に展望台まで行き、昼食をとりました。
古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・展望台

古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・展望台
展望台からは手前に柏原市の市内が見下ろせ、藤井寺市や羽曳野市の古墳群も見渡すことができました。また、遠くには、大阪・阿倍野のあべのハルカスや梅田のビル群や大坂城、さらには大阪湾の奥に六甲の山並みを遠望することができました。
古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・展望台
                                                (写真提供:伊藤さん)
古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・展望台
                                               (写真提供:伊藤さん)
食事をとったあと、展示館まで引き返して、おもちゃの館・歴史館を見学しました。
おもちゃの館には日本全国の郷土玩具が都道府県ごとに所狭しと並べられていました。歴史館では柏原市の歴史と大阪の陣の経緯が詳しく解説展示されていまいsた。

そのあと、歴史の丘に行くことになりましたが、そこは急な坂道を上っていかないといけないということで、8人のうち塩崎、香川、伊藤、吉田の4人がチャレンジ、残りの4人は、坂の下のあずま屋で待つことになりました。

古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・後藤又兵衛の碑

坂を上ったところに吉村武右衛門の碑、後藤又兵衛の碑が建っていて、その碑の間に後藤又兵衛のしだれ桜が植えられていました。
後藤又兵衛の碑は今東光の書によるものでした。














そこからさらに奥に進み、小林一茶の句碑を訪ねました。句碑は小さな広場の奥の階段を下りたところにひっそりとたたずんでいました。
古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・小林一茶の句碑

古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・大阪夏の陣両軍戦死者供養塔





古市・道明寺古墳めぐり・玉手山公園・大阪夏の陣両軍戦死者供養塔

そのあと、小高い丘の上にある大坂夏の陣両軍戦死者供養塔にお参りしました。供養塔には、今年6月に行われた「大坂の陣慰霊祭」の折に作られた卒塔婆が立てかけられていました。卒塔婆には「南無阿彌陀佛 為 大坂の陣慰霊祭四百十一回忌追福増進菩提」と書かれていました。

先ほど上った坂を下り、下で待機していた4人と合流し、元来た道をたどって、玉手山公園入口のアーチをくぐって外に出、道明寺駅を目指しました。

古市・道明寺古墳めぐり・彼岸花

途中、民家脇に彼岸花が咲いていました。今年は猛暑のせいで、彼岸花の開花は遅れているようで、いつもだったら、このころは彼岸花を随所で見られるはずなのに、ほかには見かけることができませんでした。











古市・道明寺古墳めぐり・玉手橋
再び玉手橋を渡り、2時10分に道明寺駅に戻り着きました、

午前中、気温は30度を下回って、しのぎやすいはずでしたが、湿度が高く、皆、汗をかきました。陽が射すと熱く、傘を差して、日差しをさえぎりました。午後からは雲が厚く空を覆い、時折、通り雨も落ちてきたりしましたが、なんとか本降りにはならずに、会を終えることができました。

阿部野橋駅に戻り、改札口を出たところで解散しました。
いつも行う反省会は、反省会部長の日野さんがいなかったせいか、「不成立」ということで、行いませんでした。とても珍しいことです。
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古市・道明寺古墳めぐり・塩崎さん

(幹事の感想) 昨年山歩会の下見で八尾を訪れた折に、道明寺合戦の首実検をした寺に、そのときの痕跡が血塗りの天井として残されていました。
以後、近々、大坂夏の陣の激戦地を巡り歩きたいと思うようになりました。
また、同所にある古市古墳群は世界遺産ですが、まだ実際に現地を散策したこともありません。
そこで一度、夏の陣と併せた企画を立ててみることにしました。
計画素案は6月末頃にはできましたが、その後は猛暑日の連続、9月も真夏日の続くことが予想されたので、何よりも暑さ対策が最優先課題でした。
日除け対策、会員に負担の少ないコースの選定、雷雨に備えた昼食の場所選び等を検討し、計画案を作成しました。
幸いなことに、山歩会当日は天気に恵まれ、さほど暑くもなく、無事に実施できて良かったです。
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〔資料〕(塩崎さん作成)


第116回 旧東海道(草津宿周辺及び大津膳所)を歩く(滋賀県)(幹事:福嶋)
2025年6月24日(火)(雨天のため、中止になりました)

第115回 京都、下鴨神社・上賀茂神社参拝&散策(歩行距離11km)(幹事:伊藤)
2025年5月27日(火)
[集合時間/場所] 9時50分/京阪列車淀屋橋駅西改札口前通路
[行程] 京阪列車(京都本線出町柳行特急)淀屋橋駅 10:00 → 10:50 出町柳駅
11:00 出町柳駅 → 河合神社 → 糺の森 → 下鴨神社 → 賀茂川沿いを散策(半木の道)→ 北山大橋 → 12:30 河川敷で昼食 13:00再出発 → 上賀茂神社 → 上賀茂社家(しゃけ)町 → 御すぐき處・なり田(漬物買物)→ 京都市保存指定クスノキ(樹齢500年)→ 大田神社(大田の沢)→深泥(みぞろが)池 →京都府立「陶板名画の庭」入園(鑑賞15分)→ 京都市営地下鉄北山駅入口付近で解散(15時30分予定)

本日の参加者は金澤、吉田、大西、塩崎、伊藤、稲葉、遠藤、杉本、福嶋の9人に、今回初参加の福山さんの計10人。日野さんと香川さんは所用があって、欠席でした。

淀屋橋駅10時発の特急に乗って、10時55分に終点の出町柳駅に到着。

京都下鴨&上賀茂神社・鴨川デルタ飛び石渡り

そこから駅の西側にある河合橋を渡らずに、信号から少し南に歩いたあと、高野川の河原に下り、亀などの形をした飛び石を伝って、高野川と賀茂川の合流地点の鴨川デルタに渡りました。

















京都下鴨&上賀茂神社・鴨川デルタ飛び石渡り
関連記事:
YAHOO!ニュース>エキスパート>【京都市】鴨川にある飛び石。何箇所にある?何のためにある?

そこから鴨川デルタを北に向かい、大きな通りを超えると鴨川公園の南端・葵公園が広がっていました。「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助の石像が建っていて、その前でラジオ体操をしました。
京都下鴨&上賀茂神社・鴨川公園ラジオ体操
関連記事:ウィキペディア>尾上松之助

そのあと、公園の東側を北に向かい、下鴨神社の参道入口に建っている「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」の石柱の前で記念写真を撮りました。バックに見えるのは一の鳥居です。
京都下鴨&上賀茂神社・賀茂御祖神社石柱
                                                  (写真:伊藤さん)

表参道を北に向かい、5分ばかり歩いたところで西に向かうと下鴨神社の摂社のひとつ・河合神社がありました。
京都下鴨&上賀茂神社・河合神社
河合神社は『方丈記』の著者としても知られる鴨長明ゆかりの神社ですが、祭神は美麗の神様として知られる玉依姫命で、美顔祈願の神社として古くから親しまれてきました。
本殿前には手鏡の形をした鏡絵馬が所狭しと奉納されていました。
関連記事:るるぶ&more>エリア一覧>京都府><京都パワースポット>河合神社の鏡絵馬にお化粧して美顔祈願

河合神社を出たあと、糺の森の中を通る表参道をさらに北に向かって10分ほど歩き、二の鳥居をくぐり、さらに楼門をくぐって賀茂御祖神社(下鴨神社)にお参りしました。
京都下鴨&上賀茂神社・下鴨神社舞殿
写真右側は舞殿。正面中央は四脚中門。本殿は四脚中門の奥にありましたが、特別参拝時を除く通常参拝では本殿を見ることはできない、とのことです。
関連記事:WANDER 国宝>国宝データベース>国宝DB-建築>国宝-建築|賀茂御祖神社(下鴨神社)東本殿・西本殿[京都]

楼門まで戻って、回廊沿いに西に向かい、次の目的地・上賀茂神社を目指して歩を進めてゆきました。
京都下鴨&上賀茂神社・下鴨神社楼門
関連記事:和遊創庵>京都散策>左京区>下鴨神社D 楼門〜舞殿 境内東側

下鴨神社を西に抜け、鞍馬口通りを西に向かって10分ばかり歩くと賀茂川にかかる出雲路橋の東詰に出ました。そこからは賀茂川に下りて、左岸の堤防道を北に向かって歩いてゆきました。
京都下鴨&上賀茂神社・賀茂川左岸堤防道
前日の天気予報では曇空で気温も20度くらいとあって、肌寒さも覚悟しましたが、午前中は薄曇りでしたが、お昼前からは薄日も差しはじめ、日差しの中では暑く感じるほどでした。
賀茂川の堤防にはソメイヨシノの大木が連なっていて、桜の時期にはさぞや美しい眺めが楽しめるだろうと思われました。

京都下鴨&上賀茂神社・半木の道
賀茂川左岸の堤防道の東側は途中から「半木の道(なからぎのみち)」と名付けられた緑道になっていて、あふれるばかりの緑を縫って涼やかな風が通り抜けていました。この緑の多くは八重咲きの紅枝垂れ桜だそうで、花の季節には桜のトンネルになり、京都の数ある桜の名所のひとつになっているようです。
関連記事:そうだ京都、行こう。>観光ガイド>半木の道(なからぎのみち)
関連記事:京都の桜 写真集>半木の道(なからぎのみち)の桜

京都下鴨&上賀茂神社・鴨川左岸・昼食
半木の道が終わり、北山大橋の下をくぐって、少し行ったところで昼食をとりました。予定では昼食は12時半からとなっていましたが、みんなの歩く足がとみに衰えていて、すでに1時前。全体に後れ後れになっていました。

京都下鴨&上賀茂神社・鴨川左岸・昼食・スマホアプリ

昼食後、新加入の福山さんをLINEの「すいゆう山歩会」のグループに「招待」しようと、数名が試みていましたが、「友だち追加」の方法がいろいろあるみたいで、かえってわかりにくく、かなりな時間をかけてあれこれいろいろ試みていたものの、結局、うまくいかなかったみたいでした。













1時半過ぎに再出発。
15分ほど歩いたところで上賀茂橋の東詰に出たので、橋を渡り、賀茂川の右岸沿いにさらに北に向かい、20分ほど歩くと、御薗橋西詰に出ました。その橋を東に渡ると、先方に赤い鳥居が見えたので、さらに進み、2時前にやっと上賀茂神社の大鳥居前にたどり着くことができました。
京都下鴨&上賀茂神社・上賀茂神社・鳥居
画面左手奥に見えるのが「一の鳥居」。手前の大鳥居は、宮前広場の整備事業の一環で、2021年1月に建てられた新しい鳥居、とのこと。ちなみに、一の鳥居と大鳥居は同じ高さ(8メートル)だそうです。
関連記事:metropolitanan tokyo>カルチャー, おでかけ>2021.010.10 《京都》上賀茂神社に新しい鳥居がお目見え

一の鳥居の北方に建つ二の鳥居をくぐり、さらに奥に進むと楼門があり、その奥に祈祷殿が建っていました。本殿はその奥にあるようです。
京都下鴨&上賀茂神社・上賀茂神社・祈祷殿御

楼門を出て、片岡橋を渡ったところで、楼門をバックに記念の写真を撮りました。
京都下鴨&上賀茂神社・上賀茂神社・片山橋・記念撮影
                                                  (写真:伊藤さん)
片岡橋を渡ったところに、上賀茂神社の24ある摂末社のうちの第一摂社である片山御子神社(通称片岡社)が建っていました。
京都下鴨&上賀茂神社・上賀茂神社・片山御子神社
この神社は平安の昔から縁結び・恋愛成就・家内安全・子授け・安産の神様として信仰を集めてきたそうです。また、源氏物語の作者、紫式部が参拝し、和歌を詠んだと伝えられるゆかりの地でもあるそうです。
関連記事:YAHOO!ニュース>エキスパート>【京都市北区】紫式部も参拝し 恋の成就を願った上賀茂神社の摂社

2時過ぎに上賀茂神社を出て、東に向かい、明神川沿いに神社の神職の家など立ち並ぶ上賀茂社家(しゃけ)町を歩きました。
京都下鴨&上賀茂神社・上賀茂社家町
関連記事:ふらふら京都散歩>歴史ある名所・旧跡>離宮・御陵・城・社家>上賀茂の社家町 | 清浄な町並みに残る社家の庭園を見学

京都下鴨&上賀茂神社・すぐき處 京都 なり田

道沿いにある「御すぐき處 京都 なり田」に立ち寄って、京都三大漬物のひとつ「すぐき漬」などを買いました。

関連記事:御すぐき處・なり田
関連記事:goo blog>京都つれづれなるままに>京都なり田 御すぐき處















そこからさらに東に向かって10分ほど歩き、上賀茂神社の境外摂社の大田神社に行きました。
京都下鴨&上賀茂神社・太田神社
大田神社は芸能・長寿の神様として信仰の厚い神社ですが、参道脇にある池には約2万5千株の野生のカキツバタが群生していて、国の天然記念物に指定されています。色鮮やかな花の群れを期待していきましたが、花の見頃は5月中旬。残念ながら、ほとんど咲き終わっていました。
関連記事:YAHOO!ニュース>エキスパート>【京都市北区】上賀茂神社の摂社 大田神社の杜若(カキツバタ)が見頃に。5月中旬まで楽しめます。

そのあと、さらに東に向かい、15分ほど歩くと「深泥池(みぞろがいけ・みどろがいけ)が眼前に姿を現わしました。
京都下鴨&上賀茂神社・深泥池
深泥池には氷河期から生き残る多数の動植物が存在し、生物群落が「天然記念物深泥池水生植物群落」として国の天然記念物に指定されています。京都下鴨&上賀茂神社・深泥池
                                                  (写真:福山さん)
関連記事:京都産業大学>大学紹介>大学広報>キャンパスWebマガジン>サギタリウス>京都産業大学近くに国の天然記念物が!深泥池は、氷河期から生き残る稀有な動植物の宝庫だった

深泥池を眺めながらしばらく休憩したあと、南に向かい、10分ほど歩いて北山通りに出て、そこから少し西に歩いて京都府立「陶板名画の庭」の入口前に着きました。「陶板名画の庭」には金澤、伊藤、塩崎、稲葉、杉本、福嶋、福山の7人が入り、モネの「睡蓮」やレオナルド・ダ・ヴィンチの「最期の晩餐」など陶板画を楽しみ、ミケランジェロの「最後の審判」の前で記念の写真を撮りました。
京都下鴨&上賀茂神社・陶板名画の庭・最後の審判
                                                  (写真:伊藤さん)
関連記事:京都を楽しむ、生活情報サイト LIVING Kyoto>WEBフレンド>原寸大、間近で観る「最後の審判」は圧巻―「京都府立陶板名画の庭」

大西さんは京都市京セラ美術館で開催中の本物の「モネ 睡蓮のとき」を見にいき、吉田は、下鴨本通りを南下して出町柳駅まで1時間あまり歩いてマンホールの蓋の写真を撮るために別行動となりました。

7人は陶板名画鑑賞後、地下鉄北山駅から四条駅、そこから阪急烏丸駅に阪急線に乗り換えて、帰路に着きました。
いつも行う反省会は、今回は会の酒豪のおふたりがお休みのこともあり、豊中・ラッキーでの反省会はありませんでした。
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京都下鴨&上賀茂神社・伊藤さん

(幹事の感想)
今回は、五月晴れのもと、下鴨神社から上賀茂神社へと、賀茂川沿いを川風に吹かれながら水辺のウォーキングを楽しもうと企画しましたが、昨今の温暖化の影響もあってか、当日とても暑く、歩くのに苦労された方が多かったと思います。(申し訳ない!)


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関連記事:一口メモ(コースガイド)(伊藤秀明作成)

第114回 吹田歴史文化まち歩きと大阪淀川河下の毛馬閘門を歩く(吹田市・大阪市)(幹事:稲葉)
2025年4月22日(火)
[集合時間/場所] 10時30分/阪急千里線吹田駅東口出口
[行程] 阪急吹田駅→浜屋敷界隈散策(旧西尾家住宅他)→吹田歴史文化まちづくりセンター(センター内で武家屋敷界隈の説明をガイドさんに聞いたあと、食事予定)→阪急吹田駅(乗車)→天神橋筋6丁目(下車)→長良・毛馬水門近辺散策→阪急天神橋筋6丁目(天六)…天満まで天神橋筋商店街歩き→JR天満駅

10時半に阪急千里線吹田駅「東口出口」に集合。梅田方面行ホームのトイレでいっしょになった遠藤さんと東側の改札口を出ると、稲葉、本間、鈴山、塩崎の4人が待っていました。「香川さんと伊藤さんは上で待っている」というので、スロープを上って地上の出口に出ると、ほかに大西さんもいましたが、金澤さんほか4名の姿が見えないで訊くと「西側の出口のほうにいる」とのことです。
で、吉田が「西口」に向かうと、改札口を出たところで、金澤、日野、杉本、福嶋の4名がいて、「こちらが東口だから、みんなこちらに来るべき」だと主張して、動こうとしません。

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・阪急吹田駅

金澤さんに言われて切符売り場横の案内板を見ると、たしかに「東改札口」を出たところに「東出口」と書いていました。
ちなみに、線路の南側の市役所側の改札口は「西改札口」で、その前は「西出口」と記されています。
この案内板にはホームの(地図上の)西側の表示しかなく、東側の改札口や出口の表示はありませんが、「駅員に訊くと、そちらは南出口だと言った」とのことです。
つまり、地図上の東西南北とは異なって、阪急電鉄は、吹田駅にある3つの改札口のうち、地図上の西側にある2つの地上の改札口のうち、南側を「西改札口」、北側を「東改札口」と名付け、(地図上の)東側の地下にある改札口を「南改札口」と名付けているのです。とてもややこしいことですが、これが鉄道会社の「公式」表示ということになります。(写真は伊藤さん撮影)
なお、Googleマップでは、地図上の東側出口のうち北側を「南出口(東側)」、南側を「南出口(西側)」と表示していました。

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・阪急吹田駅

梅田方面ホームの表示版にも、左側(南千里方面・ホーム後方)が「東改札口」、右側(梅田方面・ホーム前方)が「南改札口」と書かれていました。


関連記事:Hankyu>吹田駅構内図

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・信号

ちなみに、地図上の東側出口の北側を出たところにある国道沿いの信号には「阪急吹田東口」と書かれていました。
(いずれにしても、紛らわしいので、「山歩会の案内」には「南改札口」、もしくは「東側・梅田方向側改札口」と書くべきだったでしょう)





吹田浜屋敷&毛馬の閘門・阪急吹田駅
すったもんだのすえ、「南出口(東側)」前に合流したあとも、どちらが「東口」かの激論は続けられましたが、10時40分ごろにやっと歩行を開始しました。本日の参加者は13人です。

国道479号線を北側に渡り、JR京都線の高架沿いに北東方向に歩くとすぐに吹田街道にさしかかったので、右に曲がって高架下をくぐり、吹田街道を東に向かって歩きました。10分ほど歩くと高浜神社の前にきましたが、まちづくりセンターで11時からお話をしていただくことになっていたので、高浜神社には立寄らずに、まちづくりセンターに向かいました。
関連記事:TOKK[トック] えき、まち、くえらし。阪急沿線おでかけ情報>記事>高浜神社は、吹田のはじまりにも由来する古社。神様が勢ぞろい。縁結びの福うさぎも人気

予定の時間に吹田歴史文化まちづくりセンターの西門前に着きました。鯉のぼりが出迎えてくれました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・吹田歴史文化まちづくりセンター

正門を入って西庭を奥に進むと中庭があり、その右側に入母屋造りの屋根を持つ主屋が建っていました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・浜屋敷
                                               (写真:伊藤さん撮影)
ボランティアガイドのおふたりに浜屋敷の説明や吹田村の歴史などについて詳しくお話していただきました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・浜屋敷・主屋
最初に、主屋の大戸口で浜屋敷の歴史などについての説明を受けました。

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・浜屋敷・へっつい
続いて、主屋の中に入り、土間の奥に並んだ大きなかまど(へっつい)の横で、かまどについて、いろんなお話をされました。5口の焚口が大きい順にぐるりと円弧状に連なっているかまどは、今でも使え、近隣の小学校の生徒がよく炊飯体験に来るとのことでした。

続いて主屋の畳の間に上がって、各部屋の説明を受けました。主屋内には幾種類もの五月人形が展示されていました。

そのあと、主屋を出て、主屋の西方にあるだんじり展示庫に入って、だんじりの説明を受けました。
江戸・天保年間から200年の歴史をもつ吹田のだんじりは、現在、曳行することができるものが7台あり、もともとは高浜神社と泉殿宮の祭りのときに曳航されていましたが、現在は、「吹田だんじり祭」としてJR吹田駅周辺を巡行する、とのことです。

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・だんじり展示庫
























(写真:伊藤さん)

関連記事:浜屋敷>浜屋敷ときどきブログ>お知らせ・できごと>だんじり入れ替え2024

そのあと、蔵棟に移動して、吹田発展資料室として使われている隅の蔵では、吹田が船運や交通の要衝として発展してきた様子を展示物を見ながら解説していただきました。

ほぼ1時間に及ぶボランティアガイドのおふたりのお話をたっぷりうかがったあとは、昼食タイム。
昼食は主屋の部屋の中か中庭かのどちらかでということでしたが、お天気がいいので、全員が中庭で食べることを選びました。

昼食のあと、中庭でゆっくり休憩しました。
吉田が押し入れの中から見つけ出した粋遊会の100回記念Tシャツを始めて着て来たので、記念Tシャツを着ていた5人で記念写真を撮りました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・100周年記念Tシャツ
                                                  (写真:金澤さん)

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・吹田歴史文化まちづくりセンター
西門で浜屋敷全体をバックに記念の写真をとったあと、まちづくりセンターをあとにして、次の目的地毛馬の閘門に向かうべく、元来た阪急吹田駅に向かいました。
関連記事:浜屋敷 吹田歴史文化まちづくりセンター

途中、旧西尾家住宅の前を通りましたが、住宅は現在大規模な保存修理工事中で建物全体に覆いがかけられていて、残念ながら見学することはできませんでした。
関連記事吹田市>旧西尾家住宅(吹田文化創造交流館)
関連記事吹田市>旧西尾家住宅(吹田文化創造交流館)>旧西尾家住宅 保存修理事業

1時20分に吹田駅に着きました。遠藤さんが、足が痛くて、残念ながらここでリタイアして、先に帰ることになりました。
残りの12人は阪急梅田行に乗り、途中、淡路駅で天下茶屋行に乗り換えて、天神橋筋六丁目駅で降り、毛馬の閘門を目指し、北に向かって歩きました。
20分ほど歩いたところで淀川の土手道に上り、2時過ぎにまず「毛馬第一閘門」を見学しました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・毛馬第一閘門
関連記事:KDS カンサイ ドボク スタイル>新着情報>土木遺産(37) 毛馬第一閘門・旧毛馬洗堰全国近代化遺産活用連絡協議会>淀川旧分流施設 毛馬第一閘門

広場に胸像が建っていたので、説明版を読むと、沖野忠雄という方の胸像で、沖野さんは内務省の技監として日本全国の主要な河川改修と港湾整備事業を主導し、近畿地方では新淀川や大阪港、大阪市上水道などに深く関わり、毛馬第一閘門も洗堰も沖野さんが設計されたものでした。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・沖野忠雄胸像
関連記事:田島の百科事典>先人たち>沖野忠雄【おきのただお】

そのあと、土手道をさらに東に進んで、現在稼働している「毛馬こうもん」にたどりつき、記念の写真をとりました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・毛馬こうもん記念撮影

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・毛馬こうもん記念撮影












(左の写真は伊藤さんが撮影したもの)

関連記事:CONCOM 建設技術者のための情報発信サイト>コンテンツ一覧>土木遺産を訪ねて>File 30 「毛馬閘門・洗堰群」&淀川大堰閘門事業

閘門の西方の淀川には全長668mの淀川大堰がかかっていました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・淀川大堰
関連記事:tabicocolo また明日も、旅にでよう。>大阪府>建造物・景観>#1320:淀川大堰

帰り道、疲れたので、第一閘門近くの公園で休憩をしました。
吹田浜屋敷&毛馬の閘門・公園休憩
そのあと、天神橋筋六丁目まで歩き、駅の入口前で解散し、反省会参加組と不参加組に分かれ、そのまま帰宅を急ぐ大西、稲葉、本間、鈴山の4人は地下鉄駅を目指し、吉田はいつも通り、一人、周辺のマンホール探索に出かけました。

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・居酒屋・本まぐろ大船団







反省会参加組の金澤、日野、香川、塩崎、伊藤、杉本、福嶋の7人は適当な居酒屋を求めて天神橋商店街の中を南に向かって歩き、天神橋5丁目に入ったところで、「平日限定(月〜金) まぐろ刺身(一人前)3円」というチラシが目にとまり、「ここにしよう!」と衆議一決! 「本まぐろ大船団」という居酒屋に入り、祝杯をあげ、楽しく反省会を行いました。
(左側の写真は伊藤さん撮影)

吹田浜屋敷&毛馬の閘門・居酒屋・本まぐろ大船団

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吹田浜屋敷&毛馬の閘門・稲葉さん

(幹事の感想)
先月・3月の山歩会の「下見をしなかったことによる大失敗」の話を聞き、今回はそのような失敗はしないようにと何度も下見を行いましたが、一番大事な集合場所の表記で皆様に大変ご迷惑をおかけしましたこと、まずはお詫び申し上げます。
今回の企画は、最初は「淀川左岸下りハイキング」として、@摂津の欄間彫刻(木下らんま店)→A吹田西尾家住宅→B毛馬閘門と巡る全長約10kmのウォーキングを企画し、摂津のらんま店や、吹田の浜屋敷・西尾家住宅から毛馬閘門まで車で回りましたが、距離的に徒歩では無理と判断して、「列車で吹田の浜屋敷&毛馬閘門」に変更し、今度は徒歩でコースを下見・確認したのですが、スタート地点の集合場所の表記で大変ご迷惑をおかけしてしまいました。
最初の企画が欲張りすぎて、三か所の見学が重荷になり、途中で何度か計画変更したことで皆様にご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます。
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〔補記〕 今回、「山歩会の案内」の集合場所の表記を巡って大混乱がありましたが、もとはといえは、幹事の稲葉さんが下見時に天下茶屋行の列車に乗って吹田駅ホームに下りたあと、目的地の浜屋敷方面に近い前方(地図上の東側)の地下改札口を通って地上の出口に出たとき、その改札口を「東口」と思い込んでしまったことに起因します。まさかそこが「南改札口」で、ホームの反対側(地図上の西側)に「東改札口」(と「西改札口」と)があるなど思いもしなかったのでしょう。今後のこともありますから、出口の多い駅の場合、鉄道会社のホームページを見て、正式の名称を使うことを原則とすべきではないでしょうか。(吉田)

第113回 武庫川沿い下りウォーキング(宝塚から武庫之荘へ)(兵庫県)(幹事:日野)
2025年3月25日(火)
[集合時間/場所] 10時/阪急宝塚駅改札口(南口)
[行程] 10:10 阪急宝塚駅南口(準備体操)―(15分)→10:30 手塚治虫記念館(見学40分)―(25分)→ 11:35 末広中央公園 ―(35分)→12:10 武庫川新橋(トイレあり)― 昼食(40分)―(35分)→ 13:25 武庫川コスモス公園(閉鎖中)―(15分)→ 13:40 県立西武庫公園(見学30分 *尼崎市内屈指の桜の名所:開花しているか?)―(35分)→ 14:45 大井戸公園(見学15分/約130種類、2,000本のバラ園/古墳時代(7世紀頃)の直径13m円墳あり)―(10分)→ 15:10 阪急神戸線武庫之荘駅(解散、豊中へ)

阪急宝塚駅に10時10分前に吉田が着くと、改札口前に日野、金澤、香川、大西、伊藤、塩崎、杉本、福嶋、杉山の9人がすでに来ていました。10時前には稲葉さんと鈴山さんも姿を見せ、全員集合。今日の総勢は12人です。
10時ちょうどに出発。阪急宝塚駅の南側の出口前広場で日野さんが「ここで体操をしよう」と言いましたが、人通りが多く、みんなに「いくらなんでもここでは」と反対されました。
駅前の大通りを南に進み、宝来橋北詰で左手に折れて、少し歩くと武庫川左岸に出ました。河川敷に続く道があったので、そこを下り、河川敷の芝生で体操をしました。
武庫川川沿い下り・体操
バックに写っている建物は宝塚ホテルです。

武庫川川沿い下り・体操
体操を終えたあと、河川敷を東に向かって10分ほど歩くと宝塚大橋の下にたどりつきました。
宝塚大橋のたもとで階段を上って県道16号線を北に向かうと、交差点の北東角に手塚治虫記念館が建っていました。
武庫川川沿い下り・手塚治虫記念館・平和モニュメント「火の鳥」
記念館に入る前に、入口脇に建っている平和モニュメント「火の鳥」の横で記念撮影しました。
関連記事:平和モニュメント「火の鳥」

記念館に入ると、1階は、常設展「宝塚と手塚治虫」「作家、手塚治虫」のほか、手塚治虫のゆかりの品や作品資料が、「火の鳥・未来編」に登場する生命維持装置をモチーフにした展示カプセル40本の中に展示されていました。
武庫川川沿い下り・手塚治虫記念館
                                                     (写真:伊藤)
1階奥のアトムビジョンでは月替わりで手塚治虫記念館のオリジナルムービー3作品と実験アニメーションが上映されていて、3月は「しずく」「たばこと灰」「創世記」の3作品が上映されていました。

2階では、企画展 手塚治虫「ガラスの地球を救え」展が開催されていました。「情報・アニメ検索機」では、手塚治虫や作品の情報、アニメ作品のほとんどを視聴することができました。
武庫川川沿い下り・手塚治虫記念館
                                                     (写真:伊藤)
関連記事:宝塚市立手塚治虫記念館

手塚治虫記念館で小1時間、時を過ごしたあと、館を出て、宝塚大橋を渡り、そのあと、橋の南詰から東に延びる住宅地の中の道を進んでいきました。
逆瀬川を渡り、末広中央公園、さらに宝塚市役所脇を通って、南東に向かって歩き続けました。
武庫川川沿い下り・宝塚市役所脇

武庫川新橋を超えたあたりで昼食の予定でしたが、その武庫川新橋になかなかたどりつかないので、12時前、道路脇で休憩しました。
武庫川川沿い下り・武庫川右岸
このあたりで昼食にしようという声も上がりましたが、せっかくだから、予定通り武庫川河川敷に出てからにしようという声のほうが多く、もうしばらく歩くことになりました。

12時10分にやっと武庫川新橋のたもとにたどりつき、橋をくぐって、橋の上に出て、南側の舗道を通って、東に向かいました。写真の左手後方に甲山が見えています。
武庫川川沿い下り・武庫川新橋
橋の東側の階段を下りたあと、西に向かい、川の土手に上ったあと、河川敷に下り、やっと昼食をとることができました。時間は12時半になっていました。
武庫川川沿い下り・昼食

暖かな日差しを浴びながら、のんびり昼食を楽しんだあと、食後のお楽しみはオカリナ演奏会です。塩崎さんの指揮のもと、オカリナ会メンバー全員で「ふるさと」「コンドルは飛んで行く」「さくらさくら」を演奏。続いて、日野さんと金澤さんのふたりで「千曲川」、最後は香川さんの独奏で「アメージング・グレイス」。高い音が出にくい人もいましたが、皆さん、確実に上手になってきていました。
武庫川川沿い下り・オカリナ演奏

1時20分に再出発。オカリナ演奏でこの日の役目を果たした杉山さんはここでリタイア。最寄りのバス停を目指して、皆と別れました。
武庫川川沿い下り・武庫川左岸
武庫川左岸の河川敷緑地をずんずん南に向かって歩いていきましたが、20分ほど歩いたその先に現れたのは、なんと、「ここから先へは進めません」という看板。河川敷ではなく中洲に足を踏み入れていて、その先端は行き止まり。しかたなく、重たい足を引きずって、10分ほど来た道を戻り、稲野橋を渡って、本来の武庫川左岸の河川敷になんとか出ることができました。ここで20分のロスタイムとなり、時間は2時前になっていました。

武庫川川沿い下り・武庫川左岸
しばらく歩くと、まわりは桜並木になっていて、あと10日もすれば、あたり一面、満開の桜を楽しむことができるだろうと思いながら、歩を進めていきました。

道路脇の土手にモクレンの花が見事に満開だったので、休憩がてら、石段に座って、記念撮影をしました。
武庫川川沿い下り・武庫川左岸・モクレン

武庫川川沿い下り・武庫川左岸・桜

武庫川川沿い下り・武庫川左岸・桜

河川敷をさらに南に進むと、桜の花が咲いているところがあり、中でも、濃い色の満開の桜があったので、ここでも記念撮影をしました。
(写真左は伊藤さん撮影)






甲武橋に差し掛かったところで、ゴール地点到着まであと50分ほど。鈴山さんが「足が痛くて、あと50分は無理」とリタイアして、阪急武庫之荘駅に向かうバスが走る武庫営業所バス停に向かいました。時間は2時半を過ぎていました。

甲武橋から15分ほど歩いたところで西武庫公園の西側入口に着きました。園内のベンチに座って、しばらく休憩しました。

武庫川川沿い下り・武庫川左岸・西武庫公園・桜

西武庫公園は尼崎市内屈指の桜の名所ということです。
園内の桜は蕾が膨らみ始めていて、もうまもなく「開花」というところでした。







休憩のあと、歩行を再開し、西武庫公園の南東側に出ましたが、予定を1時間以上オーバーしていたので、ゴール地点の大井戸公園には向かわずに、武庫之荘駅を目指すことになりました。
住宅地の中を何度も右に折れ、左に曲がりしながら、40分ほどかかってやっと阪急武庫之荘駅にたどりつきましたが、この最後の40分、皆さん、とても長く感じたみたいです。
15時50分に駅前で解散し、武庫之荘が地元の吉田を残して、あとのメンバーは阪急列車に乗り、そのうち7人は豊中駅近くのいつもの店「ラッキー」で反省会を行い、おおいに盛り上がりました。
武庫川川沿い下り・反省会
                                                     (写真:伊藤)
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武庫川川沿い下り・日野さん

(幹事の感想) 第113回山歩会は好天に恵まれ、おかげさまで無事開催することができました。
今回のコースは「阪急ハイキング」のチラシ(阪急武庫之荘・大井戸公園スタート→阪急宝塚駅ゴール)を参考にしましたが、そのまま実行すればよかったものを、逆コースの「宝塚駅スタート→武庫之荘駅ゴール」で実行したため、とんだ目に遭ってしまい、皆様にご迷惑をお掛けしました。特に、非会員の鈴山さんが途中で棄権することになってしまい、猛反省です。
武庫川の右岸(西岸)沿いから武庫川新橋を東に渡り、昼食をとったあと、左岸(東岸)沿いを南に向かって歩いているとき、途中、中州に道があったので、そのまま進めばいいと思って先に進んでいきました。ところが、1キロほど歩いたところで中州が途絶えて、その先に行けず、元来た道を引き返すことになり、その結果、歩行距離が2キロ増になってしまいました。
チラシでは「約11キロ、家族向け」とありましたが、結果として、約14キロの、大変しんどい行程になってしまい、反省、反省の山歩会でした。
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資料:阪急ハイキング 歩いて新発見!《北おおさか信用金庫》わくわくドキドキウォークC 武庫川リバーサイドウォーク

第112回 「河津桜の淀城跡」と「し垂れ梅の城南宮」を訪ねて(京都市)(幹事:大西)
2025年2月25日(火)
[集合時間/場所] 9時/京阪電鉄淀屋橋駅改札口
[往路] 淀屋橋発 9:12(出町柳行準急) → 淀駅着 10:00
[行程] 淀駅 ―(15分)→ 淀城址 ―(10分)→ 淀水路 河津桜 ―(15分)→ 淀競馬場 緑の広場(昼食)―(100分)→ 鳥羽離宮跡・鳥羽伏見の戦い勃発地 ―(10分)→城南宮 枝垂れ梅 ―(10分)→ 京都地下鉄・竹田駅(解散) (約10km)

京阪淀屋橋駅に8時50分に着くと、日野さん、香川さん、杉本さんの3人がいて、ほどなく大西さん、伊藤さん、稲葉さん、少し遅れて、金澤さん、福嶋さんが来ました。塩崎さんは、今朝、発熱があったとの理由で急遽、欠席で、今日の参加者は総勢9人。
淀屋橋駅9時12分発の準急に乗る予定でしたが、ホームに停まっていた1本早い9時3分発の快速急行に乗り込みました。乗客は少なく、ほぼ貸し切り状態だったので、優先座席に9人全員がいっしょに並んで座ることができました。
淀・京阪列車内

10時前に淀駅に到着。駅の北側に出て、線路沿いに南西方向に5分ほど歩くと淀城跡公園入口に着きました。
稲葉神社の参道を通って、公園の中に入ると、左手に本丸の石垣がそびえていました。
淀・淀城石垣

淀城天守台の石垣の前でラジオ体操をしました。
淀・ラジオ体操

公園を奥に進むと「淀城址」の石碑が建っていました。
淀・淀城址石碑
「淀城は、宇治・桂川合流点と木津川に挟まれた川中の島にあり、廃城となった伏見城に代り、京都警衛の拠点となりました。元和9(1623)年松平定綱が最初の城主となりましたが、享保9(1723)年に稲葉正知が下総佐倉より移封され、明治維新まで続いた」(「フィールド・ミュージアム京都」より引用) 石碑には建立者の子爵稲葉正凱(まさよし)の名が刻まれていましたが、山歩会メンバーの稲葉正昭さんとは一文字違い。ひょっとしたら縁戚では?との声も上がりました。
関連記事:京都市歴史資料館 情報提供システム フィールド・ミュージアム京都>いしぶみを探す>よ>淀城址

さらに公園の北西角の櫓台石垣まで進み、その上に建っている「明治天皇御駐蹕(ひつ)之址」と刻まれた石碑を眺めました。
関連記事:明治天皇御駐蹕之址

そのあと、公園入口まで戻り、今度は線路の南側を線路沿いに南西方向に10分ほど歩くと東に向かって伸びる淀水路があり、水路沿いに河津桜がずらっと並んでいました。
淀水路の河津桜は超早咲きの桜で、例年は2月上旬に開花が始まるとのこと。大西さんが数年前の3月初めに訪れたときは満開だったということでしたが、今年1月・2月の寒さのせいで、まだ蕾固しといった状態で、残念ながら、一輪も見ることができませんでした。
淀・緋寒桜
関連記事:京都の穴場スポット情報満載! とっておきの京都プロジェクト>とっておきの現地情報>京都伏見「淀水路の河津桜2025」超早咲きで京都最速のお花見

水路は東に向かって1kmほど続いているそうですが、途中で引き返し、20分ほど歩いて、淀駅東側にある次の予定地・京都競馬場・緑の広場に行きました。
まだ11時を回ったばかりでしたが、広場奥の天幕つきの野外ステージの円形ベンチに座ってお弁当を食べました。
淀・京都競馬場・緑の広場
関連記事:るるぶKids>エリア一覧>関西>京都府>公園>競馬場内にある京都競馬場 緑の広場(京都市伏見区)は、大型遊具と芝生を備えた人気のスポット

お弁当を食べ終わったあと、公園の南東側から競馬場を見渡せる場所に行き、柵越しに競馬場の南西部(第3コーナーあたり)を眺めました。 淀・京都競馬場
競馬に詳しい大西さんから「東京の府中競馬場は左回りだが、京都競馬場は時計回り(右回り)」、「馬によって、右回りが得意な馬もいれば、反対に左回りが得意な馬もいる」、「第3コーナー近くにいると騎手が怒鳴り合う声が聞こえる」などの興味深い話をうかがうことができました。山歩会の特別例会で大西さんのガイドで「京都競馬場見学」をしよう、という声もあがりました。

12時前に公園を出て、京阪列車の高架をくぐり、納所(のうそ)信号のところから京街道に入り、そのあと、桂川左岸の堤防道路・自転車歩行者専用道に出て、北に向かって歩いていきました。
淀・桂川左岸
この道は、京都市西京区嵐山上河原町を起点に木津川市木津に至る「京都府道801号京都八幡木津自転車道線(通称京奈和自転車道/京都市域の愛称は「桂川サイクリングロード」)と名付けられた全長45キロの一般府道自転車道で、サイクリング車に乗った人たちが軽快に駆け抜けていました。
関連記事:ウィキペディア>京都府道801号京都八幡木津自転車道線

そこから京川橋東詰まで約5キロ、1時間半あまり歩くことになりましたが、お天気もよく、前日までの寒さとは打って変わって日差しが暖かく、長丁場のハイキングをのんびり楽しみました。

淀・羽束師橋東詰
途中、羽束師橋(はづかしばし)東詰などで、何度か休憩しながら、時間をかけて、ゆっくり進んでいきました。
羽束師橋東詰を超えたところで桂川は鴨川とに分かれ、鴨川沿いを歩くことになりました。
ところどころで護岸工事が行われていましたが、遠く北方を見やると、山頂部に雪をいただく愛宕山や比叡山、さらには蓬莱山、比良岳、武奈ヶ岳などの山々の連なりを眺めることができました。
淀・鴨川左岸
                                                     (写真:伊藤)
関連記事:京都府>インフラ>公共事業・一般>鴨川>〈鴨川河川整備計画〉千年の都・鴨川清流プラン 実施状況

1時半過ぎに京川橋東詰に着き、その北側の遊歩道脇のベンチに座って休憩をとりました。
淀・京川橋東詰
そこから北に向かって延びる遊歩道沿いは桜並木が続いていて、満開になればさぞや見事な眺めになるのではと想像されました。

桜並木の下を10分ほど歩き、小枝橋東詰で右に折れると、四つ辻の北西角に「鳥羽伏見戰跡」の石碑が立っていました。
淀・鳥羽伏見戰跡
「大政奉還して大坂城にいた徳川慶喜は、薩摩を討つため上洛を決意し、慶応4(1868)年正月3日、幕府軍本隊を鳥羽街道と伏見街道に分けて京都に進軍。この地に布陣した薩摩砲兵の一隊と幕府軍の間で戦いが繰り広げられました。この石標は、翌年夏まで続いた戊辰戦争の発端となった鳥羽伏見戦跡を示すものです」(「フィールド・ミュージアム京都」より引用)
石碑の前で大西さんの解説を聞いたあと、南に向かい、鳥羽離宮跡を訪ねました。

淀・鳥羽伏見戰跡
鳥羽離宮庭園の築山の一つと伝えられる小高い丘「秋の山」に建つ「鳥羽伏見戦跡碑」を眺めましたが、明治45年に建てられた石碑の表面は剥落して碑文はほとんど読むことはできませんでした。
関連文書:京都市歴史資料館 情報提供システム フィールド・ミュージアム京都>いしぶみを探す>HU024 鳥羽伏見戦跡碑

そのあと、鳥羽離宮跡を東に抜け、北に向かって少し歩くと右手に城南宮道が見えてきました。
「城南宮は、平安遷都の際に京都の南に創建されてから 1200 年。白河天皇が鳥羽離宮(城南離宮)を造営してからはその一部となり、代々の天皇や上皇の行幸がしばしばありました。城南宮は、引越・工事・家相の心配を除く「方除(ほうよけ)の大社」と仰がれており、梅と椿の名所として有名。特に3月上旬に見ごろとなる150本のしだれ梅は圧巻です」(大西さん解説記事より)。
関連記事:方除の大社 城南宮

淀・城南宮鳥居
























                                                   (写真:伊藤)

城南宮の花をめでるには「神苑」の拝観料(入苑料)1,000円が必要でした。拝観料を払って神苑に入るかどうかみんなで話し合った結果、しだれ梅も椿も「つぼみ」だったので、衆議一決で「神苑」には入らずに城南宮にお詣りするだけにすることにしました。

淀・城南宮枝垂れ桜蕾

しだれ梅はまだ「つぼみ」でした。(写真:伊藤)











淀・城南宮記念撮影
                                                     (写真:伊藤)
神苑の入口で記念写真を撮ったあと、本殿にお参りしました。
淀・城南宮本殿

城南宮を出たあと、城南宮道を東に進み、油小路通りに出たところで北に向かい、すぐに東に歩を進め、近鉄京都線の西側を北に向かって10分ほど歩くと竹田駅に到着。そこでいったん解散しました。そこからは近鉄に並走して走る地下鉄烏丸線に乗り、四条烏丸で阪急京都線に乗り換えて、帰路に着きました。
日野、香川、杉本、福嶋の4名は、いつも通り、阪急豊中駅近くの「ラッキー」に立ち寄って反省会を行いました。
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淀・城南宮・大西さん

(幹事の感想) 令和7年最初の山歩会は、春と出会いに梅・椿と桜を訪ねて、京都淀から鳥羽までのウォークを実施しました。
一行は一人の欠席者を除いてメンバー9名。京阪淀駅がスタート地点。駅から5分で江戸時代に徳川秀忠の命により松平定綱が築いた淀城址を見学。ここの説明文により城主が稲葉氏であったことを記憶に留めました。城址から歩くこと10分、淀の河津桜は見事なまで蕾でありました。今年は例年以上に寒さ厳しく、前日まで最強最長寒波に日本中が覆われていたから仕方ありません。
少し早いが 近くの京都競馬場の公園で昼食をとることにしました。
食後は城南宮の枝垂れ梅を目指して、桂川堤防を北上。天気は良く春の暖かさを感じてのウォークでありました。遠くそびえる比叡山 比良山 愛宕山の新雪を望みながら約2時間のウォークは喜寿・傘寿を過ぎた身にはさすがにきつく、脚・腰の痛みで幾度も休憩しながらの行程でした。
鳥羽伏見の戦い勃発地、鳥羽離宮公園で歴史の勉強を済ませてから枝垂れ梅の城南宮に到着。本殿前の標本木で、ここもまったくの蕾であることを確認。神苑には入らずにお詣りを済ませ、無事予定は終了しました。皆様 お疲れさまでした。
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資料:淀城址/淀水路 河津桜/鳥羽伏見の戦勃発地/城南宮(大西作成)

とよなか粋遊会「すいゆう山歩会」これまでの記録
2024(R6)年 (12月:保津峡から嵐山へ、10月:「山の辺の道ウォーク」<桜井から柳本まで>、9月:だんじり祭りの町・岸和田城下散歩、6月:交通の要衝の地 八尾を歩く、4月:いにしえの風景が残る京田辺を歩く、2月:大阪七福神ウォーク
2023(R5)年(12月:箕面山麓散歩、11月:京都・大文字山に登る、10月:千里丘陵さんぽ 千里3大公園と野外彫刻、9月:遊女塚から五色台古墳、7月:琵琶湖疏水ハイキング、6月:長岡京・花の寺 柳谷観音 楊谷寺あじさい鑑賞&西山古道ハイキング、5月:長岡京市を歩く、4月:住吉大社周遊&長居植物園散策、3月:平家の夢の跡〜街中巡り、2月:三好山(芥川山城跡)〜摂津峡ハイキング)
2022年(12月:最明寺の滝から多田神社へ、11月:甲山森林公園散策と甲山登山、10月:奈良・春日大社〜“きたまち”を歩く、9月:西国街道大阪府茨木市豊川〜箕面市瀬川コース、8月:西国街道大阪府茨木市〜箕面市コースハイキング、7月:恩智越・信貴山朝護孫子寺コースハイキング、6月:交野山・国見山ハイキング、5月:河内源氏の故郷と王陵の谷「近つ飛鳥」、4月:有馬富士、3月:奈良・郡山城下町散策&郡山城址&佐保川桜堪能)
2021年(12月:天王山、11月:六甲山〜有馬、10月:箕面(ウツギ谷〜谷山尾根)、9月:箕面(ハイキングビギナーコース)、7月:千里中央〜服部緑地、6月:勝尾寺街道、3月:勝尾寺参道〜ウツギ谷、2月:千里川〜尼崎市立農業公園、1月:池田五月山)
2020年(12月:多田銀銅山遺跡、10月:ほしだ園地&星田妙見宮、9月:中山寺〜清荒神、6月:三草山、3月:弓弦羽神社〜打越山〜保久良神社、2月:猪名川土手沿い下り)
2019年(12月:福知山線廃線敷、11月:明神山&達磨寺、9月:奈良県営馬見丘陵公園&古墳巡り、7月:鞍馬寺&貴船神社、6月:二上山、4月:大平山〜六甲最高峰、4月:繖山(きぬがさやま)〜安土城跡、2月:尼崎港〜猪名川遡行、1月:水間観音〜奥貝塚)
2018年(12月:岩倉山、11月:柳生街道、10月:高取城址、9月:東お多福山&芦屋ロックガーデン、7月:天王山、6月:東海自然歩道散歩J(音羽山)、5月、箕面・六個山、4月:佐和山城&彦根城観桜、1月:中山寺〜清荒神)
2017年(12月:摩耶山、11月:高御位山、10月:三上山、9月:太閤道、7月:高野山、6月:矢田寺&松尾寺、5月:竜王山、4月:舞子公園&五色台古墳、3月:河内飯盛山、1月:伏見稲荷)
2016年(11月:岩湧山、9月:室生寺、7月:大野山(おおやさん)、5月:大和葛城山、4月:愛宕山、4月:阪神間観桜)
2015年(12月:琵琶湖疏水、11月:能勢妙見山、10月:東海道自然歩道散歩I-2(近江神宮〜三井寺)、9月:旧福知山線廃線跡、5月:交野市ほしだ園地)
2014年(12月:なら・太子道・後半(斑鳩〜田原本)、10月:曽爾高原、9月:なら・太子道・前半(田原本〜飛鳥)、6月:東海自然歩道散歩I(大津市)、5月:東海自然歩道散歩H(比叡山)、4月:東海自然歩道散歩G(鞍馬・大原)、3月:東海自然歩道散歩G(西賀茂・夜泣峠))
2013年(12月:東海自然歩道散歩E(高雄・栂尾・鷹峰)、11月:東海自然歩道散歩D(嵐山・清滝・高雄)、10月:東海自然歩道散歩C(嵐山)、9月:東海自然歩道散歩B(本山寺・ポンポン山)、7月:東海自然歩道散歩A(竜王山・摂津峡)、6月:東海自然歩道散歩@(みのお明治の森))
2012年(12月:諏訪山〜再度山〜布引、8月:伊吹山&醒ヶ井、7月:北・山の辺の道、6月:山の辺の道A、5月:山の辺の道@。3月:二上山、1月(番外):四日市・湯の山温泉・御在所岳)
2008年〜11年(2011年11月:大野山、10月:淀川ウォークE(豊里大橋〜大阪湾)、9月:淀川ウォークD(枚方大橋〜豊里大橋)、8月:淀川ウォークC(御幸橋〜枚方大橋)、7月:淀川ウォークB(宇治橋〜御幸橋)、6月:淀川ウォークA(曽束大橋〜宇治橋)、4月:淀川ウォーク@(琵琶湖〜曽束大橋)、2010年6月:峰床山、3月:ポンポン山)、2009年11月:倶留尊(くろそ)山、9月:金剛山、7月:中山連山、5月愛宕山、2008年12月:大和葛城山、9月:六甲山、7月:蓬莱山)

男女共同参画・男性講座・男の生き方セミナー

男女共同参画・男性講座・男の生き方セミナー 今後の予定

これまでに行ってきた男女共同参画・男性講座・男の生き方セミナー
2025(R7)年〜
2020(R2)〜2024(R6)年
2018(H29)・2019(H31/R1)年
2017(H29)年
2016(H28)年 2015(H27)年
2014(H26)年 2013(H25)年
2012(H24)年 2011(H23)年
2010(H22)年 2009(H21)年
2008(H20)年 2007(H19)年
2006(H18)年 2005(H17)年
2004(H16)年 2003(H15)年
2002(H14)年 2001(H13)年
2000(H12)年 1999(H11)年
〜1998(H10)年

第6次男女共同参画基本計画
  (2026年3月13日閣議決定)
第5次男女共同参画基本計画
  (2020年12月25日閣議決定)
第4次男女共同参画基本計画
  (2015年12月25日閣議決定)
第3次男女共同参画基本計画
  (2010年12月17日閣議決定)

男性問題を考える上での諸概念
「男性講座」の沿革(“マーケット”の推移)
男女共同参画社会をうながす社会・経済的な背景
充実した人生のために必要なもの

「人が集まる男性講座の作り方〜男たちは何を求めているのか〜」テキスト初版(2003年版)

男女共同参画・男の生き方・吉田清彦論稿集
「がんばらない生き方のすすめ〜会社人間から生活人間へ〜」(鳥取県男女共同参画センター「よりん彩」第23号 2007.3)
「2007年問題」ってご存知ですか?(摂津市立男女共同参画センター・ウィズせっつ情報誌「ウィズレポート」Vol.14(2005年3月))
「男はもっと生活力を、女はもっと経済力を」(兵庫県男女共同参画審議会 第2期委員公募原稿 2004.8)
「とかく世間というものは――「世間」考現学」(「それいゆ」 1984.12)(3.60MB)

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はいじ:男性向け講座(2008.2)

団塊いきいき倶楽部 これからは自分の人生を楽しもう!
団塊世代の地域グループモデル―とよなか粋遊会
(城陽市)おとこのわいわい日曜塾

男・おひとりさまの老後の生き方指南
「ひとり住まいの健康管理〜健康で長生きするための体と心の健康法〜」(2000.2)
 
吉田清彦プロフィール(各種講座講師実績豊富)
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